松ぼっくりおいかけっこ

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 天下の江戸も、武家屋敷が立ち並ぶ区画に入ると一気に辺りが静かになる。人の往来も少ない。どこからか、「えい、やあ」と剣術の掛け声が聞こえてきた。  銀次が家を出ると決めたとき、真っ先に千川家の当主である兄の元へ向かった。そして家族の縁を斬ってくれと頼んだのだ。旅に出るには藩の許可がいる。勝手に国を出れば脱藩者として重罪だ。その咎は残された家族にも及ぶ。友を我が手で討ちたいなどという手前勝手な理由で許可はおりない。  だが兄は銀次の言葉に首を振った。  「お前は剣術の才がある。先々道場を持たせることにしてあるから、その前に剣術修行の旅に出したいのだと申し出ても、問題はあるまい」  武を重んじる淡野藩は、剣に長けた者にある程度の尊重をみせる。また実力がありながら家を継げない次男以下が、実家の援助で道場を持つことは珍しくない。  銀次の剣の腕は、郁馬との切磋琢磨で鍛え上げられたものだ。結局、剣でも郁馬には勝てなかったが。師範の資格も取ってある。  「ただし条件がある。上への申告が嘘にならぬよう、旅の途中必ず諸国の道場を訪ね、腕を磨くこと。そして定期的に国にも顔を出すこと」  兄の意地の悪い笑みを見て、これは一生頭が上がらぬなと銀次は悟った。
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