松ぼっくりおいかけっこ

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 旅では兄の条件に助けられた。稽古をつけてもらうつもりで訪れた道場で、いざ銀次が腕を披露すると、逆にうちの弟子たちを鍛えてやってくれと歓迎される。また別の道場に紹介の手紙を書いてくれる道場主もいて、それを持っていくと一宿一飯にもあやかれた。  こんな恵まれた旅があるのかとありがたくもあり、同時に律とその弟がどのような旅を続けているかと考えれば、心苦しくもあった。  肝心の郁馬だが、その足取りは驚くほど掴みやすかった。顔を隠しもせず、あちこちで目撃証言にぶつかる。宿帳には堂々と本名が残っている。しかしいざ噂を聞きつけて先回りをしてみても、ひらりとかわされてしまうのだ。銀次でそうなら、先を行く律はまさに目と鼻の先で逃げられているだろう。  まるで郁馬はわざと足跡を残しているようだった。ここにいいるぞ、ほら追ってこい、と。  子供の頃、かくれんぼで探してもみつからないのに、いざこちらが降参しようとすると、郁馬はちらりと姿を見せてまた隠れる。鬼ごっこではわざと立ち止まって鬼を呼び、近づいてきたらひらりとかわす。  そんな彼にムキになって追いかけていたのは律だ。銀次は彼女が転んだり怪我をしたりしないよう後ろについていた。  そんな自分たちを見る郁馬は楽しそうだった。  「律、もう少しだ。銀次、がんばれ」  郁馬はいつも自分たちの前を駆けていた。
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