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「あのお方にお礼を言うまでは、絶対に引き下がりません!!」
「そんなこと言って、どうせあのお方を独り占めする算段でも立ててるんでしょう!?」
当たり前だ。そうでなければ、こんな血生臭い戦場に、わざわざあの手この手を使って乗り込んだりしない。本当なら、こんな恐ろしいところ来たくないし、今だって……本当は怖くて堪らない。
でも、そうしなければいけないほどに、田舎娘は追い詰められていた。
病に侵された弟を救うには、もうこれしかない。
藁にもすがる思いで、ここまで来たのだ。ただ飾り立てるばかりの世間知らずの娘たち相手に、これ以上委縮するわけにはいかない。
「――それはこちらの台詞です!! いくら貴女様が伯爵令嬢だからとはいえ、招待を受けた娘を追い返す筋合いがありますか!!」
「な……っ、適当なこと言ってんじゃないわよ!! あんたみたいな田舎の芋娘が招待を受けるはずがないでしょう!?」
「招待状はちゃんと見せました!!」
「どうせそれだって偽造よ!! そもそも――」
最初はおどおどしていた田舎娘が、負けじと迫ってくるからか、伯爵令嬢もいよいよ本気で田舎娘に掴みかかり出す。
舞台裏の喧騒は、いつしか周りが引くほど泥沼と化していった。女の戦場といえど、ここまで激しさを増すのは稀に見ない光景だった。
そしてついには、たまたま通りかかった青薔薇の君の耳にも届いてしまった。
「…………」
神に祝福された才能、容姿、家柄に加え、それらに驕ることなく、全ての人に慈愛を以て分け隔てなく接するため、彼を愛さない者はいないと言われている……表向きは。
その実、女好きの父親も呆れるほどの女たらしであり、身分問わずに目についた女性を口説くのはもちろん、そのまま手をつけてしまうなんてことも日常茶飯事だ。舞踏会を開くのは、そんな彼を抑制する意味合いが大きい。
しかし、才能に恵まれた彼は頭の回転も速く、悪知恵も働く。
故に、舞踏会が近づくと、あの手この手を使って姿をくらましてしまう。
それにも関わらず、一度も騒がれたことはない。数日後には何事もなかったかのように日常に戻っている。当然だった――。
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