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オニオン氏の書斎
セピア色を思わせるこぢんまりとした雑貨屋に不規則な時計の音が響く。
鐘を告げる鳩時計は時間を遡り、壁に飾られたモダンな鏡は目を疑ってしまうほど自分が小さく映っている。
男が訪れた雑貨屋はノスタルジックな雰囲気と不可思議な物に囲まれていた。
「!」
羽音に驚いて天井を見上げれば、この店には不釣り合いなほど鮮やかな鳥が梁に止まり、首を傾げてこちらを見つめていた。
男は気を取り直して店内へ進むと、綺麗に片付けられた木製のテーブルの上に分厚い本が一冊置かれているのが見えた。
ずいぶんと古い物のようで手にするとずしりとした重みを感じる。題名はどこにも書かれていなかった。
何とはなしに中を開くとやや黄緑がかった色褪せたページが目に飛び込んできた。どのページにも何も書かれていない。
不思議に思いながらも捲っている内にだんだんと目が痛くなり、本を閉じて目頭を押さえた。
こみ上げてくる涙がぽたりと垂れた。
「いらっしゃいませ」
静かな足音と柔らかい声が聞こえて目を開けば、痩身の青年が微笑していた。銀髪の一束が朱に染まっている。
彼はこの店の主で名は風見鶏と言った。
「この本は何かね?」
ようやく痛みが引いてきた目にハンカチを当てながら男は尋ねた。
「そちらは『オニオン氏の書斎』です」
「白紙のようだが」
「ええ、まだ構想中なのですが――今日辺り物語が仕上がるかと。何か本をお探しですか?」
男はジャケットのポケットにハンカチをねじ込み、店内をぐるりと見渡す。そしてばつが悪そうに額を掻いた。
「いや、すまない。ここには私の探し物はないようだ」
「そうでしたか。それではまたのご来店をお待ちしております」
風見鶏は男から本を受け取ると、恭しくお辞儀をする。
からんからんと扉の開く音が鳴り、男は店を後にした。
「――おや」
両手で本を持った風見鶏は表紙についた小さな雫をまじまじと見つめた。
雫は表面に一瞬どこかの風景を映しながら、やがて吸い込まれるように消えてゆく。
風見鶏は静かに笑みを浮かべると、梯子を使って本を元の棚に戻した。
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