オニオン氏の書斎

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 ランプの炎が気まぐれに灯り、眠りを妨げられたブリキ人形が不機嫌そうに寝返りを打つ。  風見鶏は時折カタカタと音を立て、カウンターの奥にひっそりとしていた。 「おい、風見鶏」  ぶっきらぼうな声に風見鶏は静かに目を覚ました。  見ればカウンターに髭を蓄えた小さな玉ねぎが腕を組み、足を踏みならしていた。 「おや、オニオンさん。どうかなさいましたか?」 「どうもこうもないだろう。お前、昼間俺の“書斎”を出しっ放しにしてくれたな」  風見鶏はしばし目を瞬かせ、「あ」と短く言葉を繋いだ。 「すみません。片付けをしていたときにテーブルに置いたまま忘れておりました」 「よく言う」  オニオンは咥えていたパイプから盛大に煙を吐き、ふんと鼻を鳴らした。 「“書斎”からオニオンさんの香りがしていたものですから、あの方、泣いておられましたよ」 「知っている。部屋までしたたり落ちてきたからな。おかげで余計な仕事が増えたんだぞ」 「それは失礼しました」 「……まあ、面白い物はできたがな」  オニオンは小さな原稿用紙を差し出した。  ランプの炎が風見鶏の手元に角度を変えると、その明かりの下で目を通してゆく。 「オニオンさん、これは――」 「面倒ごとに俺を巻き込んだんだ。それくらい許容範囲だろ」  勝ち誇ったように笑うオニオンに風見鶏は肩をすくめた。 「ふふ、してやられました。こちらはいただいても?」 「好きにしろ。俺はもう休む」 「はい、おやすみなさい」  オニオンは盛大なあくびをし、ランプの炎に足下を照らされながら本棚の“書斎”へと戻っていた。  彼を見送った風見鶏は原稿用紙を持ったままカウンターの奥の部屋へと進み、棚から古びた箱を取り出した。  箱の中には模様が施された青や赤、黄色など様々なビードロ小瓶が並んで入っている。   天窓から差し込む月明かりに青い小瓶が夜空の星のようにちらちらと光り、青い影を落とした。 「あなたが良さそうですね」  青い小瓶を手に取り、中に原稿用紙を丸めて差し込む。  ガラスの蓋をして軽く振ると、小瓶の回りを文字が青い光りを放ちながららせん状に浮かび上がり、やがて小瓶と同色の液体へと変わった。    コツコツと天窓を叩く音がして風見鶏が視線を向けると虹色の鳥が顔を覗かせていた。 「届けてくれるのかい? それじゃあ、お願いするよ」  虹色の鳥は小瓶の入った革袋を首にかけると再び天窓から空へと飛んでゆく。 「――賑やかな夜になりそうですね」  風見鶏は夜空を見上げて目を細めた。
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