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夜は嫌いだ。
真っ黒な空間にただ一人動くこともできずに取り残されて、目を瞑って耳を塞いで、夜が明けるのを待つことしかできない。
そんな日がずっと続いている。
今日も忌まわしい夜が来た。
わたしはいつもと同じ場所に一人で蹲っていた。
不意に温かい光りを感じて目を開ければ、小動物のような蒼い炎がわたしの足の隙間からこちらを窺い見ていた。
炎に照らされ、私の座り込んでいた回りがちらちらと光る。
わたしは押さえていた耳から手を離して目をぱちくりさせた。
蒼い炎はリスが木々を駆け回るようにわたしの周辺を飛び回った。炎の残像からは何かが見える。徐々にそれははっきりとした形になり、やがて真っ暗な闇をすべて吹き飛ばした。
真っ白な部屋の窓から蒼い炎が窓の外へ飛び出す。先には口を噤んだ街並みを両脇に従え、つんと夜空に伸びた時計塔が見える。
蒼い炎の行方を探るより先に時計塔の風見鶏がわたしの手を引いた。
「!」
伸ばされた風見鶏の矢の羽根に掴まり、危うげな屋根にわたしは立っていた。
鈍色の風見鶏の横にそっと腰を下ろすと、にわかに降り出した雨に時計塔が始まりの鐘を告げる。
風もないのに風見鶏がからからと回ったかと思うと、すっと伸びたカラーの花のような傘を差し出した。
柄を握ると、花は羽のように大きく広がりふわりと体が軽くなる。どこに隠れていたのか、蒼い炎が慌ててわたしの肩に乗り、風見鶏に向かって体を左右に振った。
雲一つない星空の中、降り続く雨に手を伸ばすとカラフルな粒が手のひらに転がる。空へ向かってばらまくと音符の音楽隊に変わり、歌に乗せて自由気ままに音を鳴らした。
その曲に合わせて、わたしは次から次へと雨粒を街に撒いてゆく。雫が当たって弾けると植物が芽をだすように鮮やかな色を咲かせた。
鳥が渡る夜空には雨粒を塗った手で虹を描き、静かに眠っている家々には鮮やかな赤や青、緑、黄色と思いつく限りの色を施す。
傘の上では蒼い炎も真似して雨をつかもうとするが、その炎に触れるとポップコーンがはじける音がして消えてしまう。
しょげて戻ってきた蒼い炎をわたしは自分の手に乗せ、雨を一粒落とす。ぽんっとはじけて小さな花火になり、わたしたちは顔を見合わせて笑った。
傘は次第にゆっくりと下降し、地に足がつく。軽く蹴り上げれば再び空へと舞い上がる。
大きな満月を背景にわたしと蒼い炎と音符たちは家々の屋根を彩りながら渡っていった。
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