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ヒイラギ
それから津田が通う日に何度か二人を見かけた。
マスターが言う通り「目立つ二人」は何をしていても目立つ。カウンターでドリンクをオーダーしていても、テーブルで二人で話していても。
良く笑う短髪の男は豊と呼ばれいていた。
葵は相変わらず、笑わない。
そんな二人を津田は目で追ってしまう。
いや、二人ではない。「葵」を追ってしまうのだ。
立ち姿や歩く姿だけでも官能的に見えてしまう。
すらりとした身体。たまに見える白いうなじ。グラスに伸ばした腕。髪をかきあげる仕草…
(クソ…)
執着しないんじゃなかったのか。自分が情けなくて、腹がたつ。見るな、見るな。そう思っているはずなのに…どうしても、目が彼を追ってしまうのだ。
「最近、最近元気ないっすね。大丈夫っすか?」
挙げ句の果てに、職場で心配される始末だ。しかも例の恋人を追ってきたバイトの相澤に。
声の聞こえた方を見ながら、手にした煙草の灰を灰皿に落とした。灰皿はもう満杯になっている。
「煙草の量も増えてるし、津田さん、心配事でもあるんですか?」
相澤の恋人であり、店長である佐藤も乗り出して聞いてくる。
「何でもねえよ、溜まってんだよ」
「溜まってって…」
いつになく苛立った津田の言葉に、相沢と佐藤が顔を見合わせる。職場ではいつも穏やかで評判の津田。こんな苛立つ姿を見たのは、二人ともこれが初めてだ。
「彼女に振られたのかな」
相澤がヒソヒソと佐藤に言うと、それが聞こえてしまったらしく津田は二人を睨みつけた。
***
葵と出会ってから津田は相手を見つける気分にならない。だからと言って溜まっていないわけではなく。
葵以外の相手はいらなかった。むしろ葵で想像して…自慰していた。
(男子高生かよ、オレ)
自分の部屋で妄想を重ねていく。
豊と呼んでいたその口に触れて、舌を絡ませて頭まで焦れるようなキスをしたい。
官能的な指を咥えながら、抱きあったらあの綺麗な顔はどんな風に溶けるのだろうか。
華奢な身体を抱きしめたらどんな声を聴かせてくれるのだろうか…
「…ッツ 」
妄想を重ねるたびに、自慰を重ねるたびに虚しさが募っていく。こんなに執着してしまうなんてどうかしている、と津田は大きく息を吐いた。
断ち切れないこの感情は、なんだろうか。
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