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「マスター、アラスカを頼む」
3杯目のオーダーにマスターは少し心配そうな顔を津田に向ける。アルコール度数が40とカクテルの中でもかなり強い。
「大丈夫ですか?アラスカはかなり堪えますよ?」
津田は何時もに増してペースが早く、酔いも回っているようだった。にも関わらずこのオーダーは無茶だとマスターは感じた。
「いいんだ。明日は休みだし。飲みてえ気分なんだ」
津田は新しい煙草を取り出そうとして、背広のポケットに手を入れる。が、上手く取れずに床に転がってしまった。
「何だよもう…」
箱を拾い上げ、視線を上げると…
(ああ)
葵と豊、そしてもう一人の男が向かいのテーブルにいた。相変わらず豊が饒舌で、葵はその隣で静かに飲んでいる。ふわふわした葵の髪の毛を豊が触りながら。
(どう見てもオレが入れる余地なんかない)
酔っていながらもどこか冷静に、胸が痛んだ。
もっと早く出逢えていたら、葵の隣に立てていたのだろうか。隣に立てていたら、もっとオレはーー
煙草を箱から取り出し、口に咥えた。そして火をつけようとした時。不意に気づく。
隣の男と談笑しながら、酒を飲んでいる豊の後ろにいた葵。
(…え)
津田を見ていた。否、見つめている。
無表情で、綺麗な顔を、紛れもなく津田一人に向けていた。
「ははは、マジで!!」
豊の声に津田はハッと我に帰る。葵も顔を背けていた。どうやら豊は隣の男とかなり盛り上がっているらしく、テーブルに身を任せながらいい感じになっていた。
「葵、オレ抜けてくるから。先帰ってなよ」
「…ん。分かった」
豊の方を見ずに葵は酒を飲みながら、そう答えていた。そして、葵を残して豊と男が、一緒に店を出て行く。クスクス二人で笑いながら。
(マジかよ)
どう見たってあれはそのまま、行為に及ぶだろう。葵は恋人の筈なのに平然としたまま酒を飲んでいる。この二人はどうなってるんだろうかと、呆然としている津田の方に葵がまた視線を投げてきた。
そして津田の方へと歩いてくる。
(な、なんで?!)
そのまま一直線に近づいてくる。端正な顔がどんどん近づいてくるのを、津田は目を背ける事が出来ない。目の前で止まって津田を舐めるように見る葵。その瞳は茶色くて美しくて引き込まれそうになる。
「アンタ、初めからオレを見ていたよね」
焦がれていた葵の口から発せられた言葉に、疼きが止まらない。
「…」
津田はもう言葉を発することもできずにいた。
「そんなに気に入ってくれたの?それならさ」
煙草を咥えたままの口から、煙草を抜いて葵は津田の手をとる。その手はヒンヤリとしていた。煙草をそっとテーブルに置いて津田の耳元で囁く。
「お望み通り、二人きりにならない?」
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