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ヒイラギ
「…ああ、気づいたの?豊はちょっとSの気があってさ」
初めは優しかったんだけど、と紡ぎながら葵は酒を飲んだ。
「最近はもうオレを『アクセサリー』としてしか見ていないんだって」
だから今日も他の男と出て行ったのか。津田が酒を口に含んだまま、凝視する。
「他人に執着したくないんだ。一人で生きてても別にそれでも構わない、と思ってる」
葵がポツリと呟いた。何処かで聴いたようなセリフだと思いながら津田は苦笑する。それは自分が感じていた無力感とリンクする。
「オレもさ、そう思ってたよ」
津田が葵の顔を見つめる。葵は不思議そうに首を傾けた。
「誰かに執着し始めたわけ?」
「お前だよ」
グラスを持っていた葵の手に、津田がキスをする。
「お前を見て「執着」してた」
こんな感情がまだ自分にあるとは思わなかった。
「…そう」
葵はほんの少しだけ微笑む。葵がどのように自分の言葉を受け取ったのかは分からない。ただ。初めに感じていた棘のようなものはなくなっている気がした。
***
それから1ヶ月が過ぎた。
店で二人を見かけることはなくなった。豊と葵がどうなったのか、知る由もない。
「連絡先を聞かなかったのですか」
マスターがギムレットを作りながら津田に話しかける。煙草の香る店内で、津田は心地良く酔っていた。
「うん。なんだろうなぁ。聴くのがヤボな気がして」
葵に対するあの疼きがひと時の感情だったのか、本気なのか。自分でも解らなかった。
連絡先を聞いてなかったことをいつか後悔するかもしれない。それでも会えるんじゃないかと思う。そんなことを思うなんて…安っぽい恋愛小説のよう。
「あーあ、やっぱりアラスカは恐えなー」
「でしょう。あれは堪えますから」
今度飲むときは注意しないとなーと津田が笑いながら、カウンターテーブルに顔を埋める。そしてふわふわとした眠気が襲ってきた。
まだ自分の中に執着できるような感情が残っていたということに気づいただけでも、良かった気がする。何が良いのかは分からないけれど。まだ自分は完全に枯れてはいない。
静かな寝息を立てながら眠ってしまった津田を見ながら仕方ないなあ、とマスターが起こそうとした時…
一人の男が津田の隣に座った。その姿を見て、マスターが優しく微笑んだ。
「何をお作りしましょうか」
「アラスカを」
「かしこまりました」
**
なんだ、この香り?オレの煙草と同じ香り…
まだ夢見心地の津田。彼は頭をコツンとたたく。
「んん?」
「早く起きなよ、オレが冷める前に」
聞き覚えのある声。ただ1日しか聞いていない声。津田は慌てて起きる。
ふわふわした髪と、茶色の瞳。
葵がそこにいた。
煙草の煙を揺らしながら。
「な・・お前なんで」
津田の酔いが一気に冷める。
「何故かは分かんないけどさ」
マスターからアラスカを受け取って葵は笑う。
恐らく津田が初めて見る顔だ。
想像以上に、綺麗で愛しいと感じた。
「アンタに執着してみようかなって」
【了】
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