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そして
[三]
車が去ると同時に飛び出したチーシャオを止める事は、出来なかった。
ペンダントを握る。エクヴォーリの頭が殺された。ドゥーショの人間によって。
となれば、エクヴォーリがドゥーショに反抗し――それをドゥーショが叩き潰そうとするのは、想像に難くない。
勿論、彼も――チーシャオも、参加するのだろう。
「何だ、来てたのか」
不意に、声がかかった。
目に痛い程の、染められた赤髪。俺にとっての、ドゥーショのイメージの一つ。頭の中のノイズが、黒い雨が、現実に混ざり始める。「ディアル、さん」
「まさか、ザノさん本人が来るとはなー……シドさんが死んで、手が回らねぇのかな」
俺に言う――というよりも、独り言のようにディアルは言うと、青い目を向けた。「ん。それよか、ちゃんと昨夜の情報通りだったぜ、よくやった」
昨夜の、情報。
十中八九、フィラフトが今日港に行く、という情報のはずで。
俺のせいで、彼が死んだのは確実であった。……否、俺は仕事を全うしただけだ。似たような事なんて、何度もしたはずじゃないか。「……それなら、いいんですが」
「……もう、戻っても?」
そう尋ねると、ディアルはひらひらと手を振り、「悪い悪い、引き続き仕事頼むわ。よろしくー」と言って離れていった。
湿った息を吐く。吐き出したくなる雨が、一緒に出ていくような気がして。
この街に居る限り、この組織に居る限り、この黒い雨がやむことはない。
だが、黒い雨を感じる度に、やんでほしいと思わずにはいられないのだ。
これは、昔の記憶だ。
今よりもずっと、低い視点。
この日も、雨が降っていた。同時に、この日から俺の中に黒い雨は降り出したのだ。
視界に入ったペンダントトップを、無意識に握る。
此処は、何処だろう。
何も、思い出せない。
「……怖い」
隣で、声がした。
同じ背丈、同じような服。彼女の目に映る自分と、よく似た少女。
そうだ、妹だ。
伸ばそうとした手を、寸前でやめる。
どうしてだろう、触れてはいけない気がするのだ。
「お前か。おもしれェの持ってるってヤツは」
頭上より、もっともっと上から、声がした。
その先に居たのは――
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