選ばれし者

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こんばんは、餃子です。 それも「特別な餃子」です。 特に羽根はついていません。 具材も、ニラと挽き肉なのでごくごく一般的です。 私を食べたところで、何かが変わるわけでもありません。 力がつくわけでも、願いが叶うわけでもない。 もちろん世界征服ができるわけでもない。 でも「特別な餃子」になりました。 なぜなら── 「その餃子、私のだから」 「なんで? あんた、もう5個食べたじゃん」 「お姉ちゃんだって5個食べたよね?」 「じゃあ、私に譲ってよ」 「嫌だよ、お姉ちゃんこそ、私に譲ってよ」 ──もうお気づきでしょうか? 私は、大皿に盛られた11個目の餃子。 つまりは「最後の餃子」なのです。 こんなことになって自分でも驚いています。 なぜなら、焼かれてここまで運ばれてきたときの私は、ただの「その他大勢の餃子」に過ぎなかったからです。 それが、仲間がひとつ減り、ふたつ減り、3つ4つと続き…… まさに「最後のひとつ」になったところで、いきなり私の地位があがったわけです。 まったくもって不思議だと思いませんか? 20分前まで、私は本当にただの平凡な餃子だったのです。 それが、今や女の子ふたりで取り合いになっている。 正直なところ、私たちは焼きたてがいちばんおいしい。 だから、テーブルに運ばれて20分も経過した私の価値は本来なら下がっているはずなのです。 なのに今、姉妹にこんなにも求められている私。 なんということでしょう。 姉妹は、中学生と高校生です。 詳しいことはわかりませんが、おそらく食べることが大好きなのでしょう。 噂では、女性は私たちを好まないとのことだったのですが、この姉妹には関係なかったもよう。 「あのさ。この間のお寿司、あんたに譲ったよね?」 「違うよ、あれは押しつけられたんだよ! お姉ちゃんがマグロの赤身が好きじゃないから」 「だとしても譲ったことにかわりはないじゃん」 「じゃあ、勝手に食べた私のアイス返してよ!」 「今、アイスの話はしてないじゃん!」 ああ、落ちついて。 それと唾を飛ばさないで。 「ていうか、あんた明日委員会だよね? 委員長に会うんだよね?」 「……だから何?」 「有り得ないんだけど。好きな人に会うのに、ニンニク臭いとか」 「歯、磨くし! 牛乳も飲むし!」 「そんなんじゃ消えないって」 「消えるから! 消してみせるから!」 大丈夫です。私の体積のほとんどは豚肉です。 今日は、家計の事情でニンニクはほんのわずかなのです。 「お姉ちゃんこそ、明日デートでしょ。カレンダーに書いてたじゃん」 「うっさい! 別れたから!」 「えっ」 「別れたから、あいつとは!」 ああ、なんという…… 「だから譲って」 「嫌だ」 「傷心の姉に譲れ!」 「傷心だったら食欲ないはずじゃん!」 きゃーっ、やめて! お皿を引っ張らないで! ああ、辛い。とても辛い。 でも、これもまた特別だからこそ。 選ばれし者ならではの苦悩なのです。 (でも、そろそろ食べてほしい) しつこいようですが、餃子は焼きたてが一番です。 すでに25分経過した私はもう…… と、キッチンからお母さんが顔を出しました。 「ほらほら、ケンカしないで。追加の餃子焼いたから」 ──な ん で す っ て? 「やったー! 中身は?」 「しそとチーズ入りの餃子よ」 しそとチーズ! 邪道ながらも人気の一品! 「一個ちょうだい!」 「私も一個ちょうだい!」 ああ、なんという諸行無常。 そうです、私は忘れていたのです。 私は「選ばれなかった」からこそ「選ばれし者」になれたのだと。 「こっちの餃子は? もう食べないの?」 「いらなーい」 「いらなーい」 ──明日、あの子たちが飲むはずの牛乳が1滴も残っていませんように☆ ※残された私は、このあと残業帰りのお父さんに美味しくいただかれました。
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