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時を遡り、半日前。
久々に長丁場の潜伏となった案件で疲労困憊し、私はアジトへ戻った。
此度の案件に要した期間は一か月。暗殺者にとって、これほど長い潜伏も稀である。
暗殺の代表的なパターンは三つあり、絞殺、狙撃、毒殺である。私は狭義で毒殺を除外する。
上位二つは単に物理的暴力であり、毒殺は政治的暴力である場合が多い。
殊更、ベルはこれを得意とし、その薬物はネルが生成し、ベルが自ら盛る。薬物種類は数千にも上り、一呼吸で絶命するものあれば、数日を要すものもあり、解毒できるものもあれば、できないものもある。
取引を伴うからこそ、毒は有効で、使い勝手がある。同時に、使用判断が問われる政治的暴力だ。
そうでなければ、私が殺った方が幾らも早い。
只銃弾を撃ち込むのならば、私の射程は半径三キロメートル。
只絞殺するのならば、頸動脈の位置を把握できる私が世界一だ。
女子の細腕で男を絞殺できるはずがない? 人であるのならば、そうかもしれない。でも、私は人外だ。どれだけ鍛えられた首であれ、むしろ尚更血管は太くなるのだから、ショック死させればいい。人の脳と電気ブレーカーに、大した差異は無い。
とはいえ、実行は一瞬だが、準備は多い。単なる脱走者ならば狙撃で終わるが、重鎮ならば華々しい演出が必要になる。
嫁を抱いている大統領を背後から狙うより、パレード中にテレビの前で殺った方が政治的には良いタイミング、って事。
こうしたキュー振りは暗殺者の仕事ではない。契機を作るのは政治家の仕事であり、ロケーションを用意するのは管理士の仕事だ。
「GO」と同時に動くのが暗殺者であり、「殺れ」と言う政治家が臆病ならば潜伏する期間も増え、「狙撃」と言っているのに縄を渡す管理士が居れば機会を失う。
潜伏は過労の極みである。細心の注意を払いつつ、普通の暮らしを装うというのは、実に疲弊するものだ。
故に潜伏など短い方が良いのだが、この度の政治家は無能だった。管理士もまた無能だった。
一週間程度と予定されていた仕事だったのだが、延びに延び、一か月も時を有した。
私は相当に苛立っていて、苛立ちを抑えるのに体力を限界まで使ってしまった。
しかし、そこは自分で諫めた。
私の政治家は、いつもベルだった。
私の管理士は、いつもネルだった。
奴等が如何に有能なのかを示されている気がして、私は苦悶で奥歯が欠けたのだ。
これは単なる腹いせだが、アジトに戻ったら奴等を殴ろうと思った。
私一人に、こんな仕事をさせやがって!
ベルを殴ったら後が怖いから……、最低でもネルは殴ろうと思った。
意味はない。
過剰なストレスでクタクタになっていた。
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