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 ベネット山までは街から少々距離があった。手入れのされない荒野を進み、小高い丘を抜けた先になる。一般人の歩行速度で三十分といったところか。  ネルは車で行こうとゴネたが、徒歩で向かおうと強要した。  不利状態が予測される中で、起死回生の一手を打つためだ。  二人は道中、更なる提案をしてきた。 「ベルだけ掛け金負担てのもねぇ、同い年のプライドが邪魔するのさぁ、あたしゃ」 「そう? じゃ、一番ドンケツが腹芸でもする?」 「うんうん。最近見てないしねぇ。金もなさそうだしぃ、それで許すかぁ」  コイツ等……。  絶対仕込んでやがる。 「テルも、それでいい?」  でも、構わない。むしろ都合が良い。  歩き出して十分が経過した時点での、ルール追加。このタイミングで、私にもルール追加の権利が生まるから。 「いいよ。私も、一つルール追加していい?」  ネルは頷いた。 「ええよええよぉ。お姉さんだしぃ」 「基本ルールは、いつも通り『死にさえしなけりゃなんでもアリ』。追加。制限時間は一時間……『今から!』、スタート!」  ゴネられる前に号令を出し、私は走り去った。  風のように走った。  二人が走れば到着まで約十分。私ならば、五分。車を取りに帰ったとして、むしろ時間が掛かる。  この五分で、勝負は決まる。  ベネット山は、私の庭だ。  小高い丘の先にある立地条件から、あそこは組織アジトが襲撃にあった際、もしくは占拠された場合の反撃拠点になる。逆に、敵兵潜伏の拠点にもなる。  故に、数々の仕掛けが施されていて、その全てを把握する人間は、作成した私だけだ。日々更新もしている。野営、潜伏も考慮し、自生する植物の選定、野生生物の間引きも行っている。  完璧に、私に管理された山。  私の家同然であり、私の生まれた場所でもある。  五分もあれば、全てのベリーは回収できるし、足止めの罠も起動できる。  勝った。  口角が緩み、余裕の含み笑いが零れてしまう。  束の間の安堵である。  獅子の如く手前の丘を駆け上がった時、やはり、私の思考など安直なのだと示教された。そのような私有利の条件を、二人が考慮しないはずもない。  山は、丸焦げになっていた。  一望できる木々は丸焦げ、堆積した煤がこの丘にまで舞ってきて、焼土と化した山麓に獣の死骸が無数に転がっている。  近づくに連れ、獣たちの腐乱状態が目視でき、これがここ数日の事件なのだと推定できた。  これほどの火災である。街の住人なら誰でも知っていただろう。  私だけが、自宅の事情を知らなかった。  季節柄、木々の葉は枯れ落ちていたのだが、こんな麓から頂上までが見通せる。  森の中も静かなものだ。時折、鳶達の屍肉を狙う声が聞こえる程度で、生き物の気配がまるで無い。  さぞ盛大に炎が舞ったのか。石や水晶が融解し、黒光りするガラスとなっている。  この山は、死んだ。  それでも私は、あの場所を目指し登った。  やけに湿って足場がぬかるむ。  程よく大雨でも振ったのだろう。  八合目程度の中腹に到着し、ひと際手入れされ、雑草の刈られた空間にでる。斜面はここだけ平たくならされ、遠くに見える街を俯瞰できる。  そのように、私が整地した。  なぜならここには、山の主たる巨木が、悠然と聳えていた……はず、だったのだ。  数十メートルにもなるこの大樹は、三つの大木が一つに連なって、複雑に天へと幹を伸ばしている。  まるで私達のようだね、などと、昔ベルはダサい台詞を吐いていたが、私は満更でもなかったのかもしれない。  雷に引き裂かれた大樹は、かつての威風を見る影もなく失い、倒壊していた。  身体の弛緩を、生まれて初めて感じていた。  肩から力が抜けていき、腰から骨髄を引きずり出され、立ってさえいられない程膝が安定せず、脱力された両腕に重力を覚える。  頭の隅から白い霧が漏れ、視界を覆っていく。  あぁ、そうか。  これが、喪失だ。  白い霧の中、焦げ付いた大樹の前で地面に膝を付けた。
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