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「ねぇ、テル。なぜ高床じゃないの? ここ」 「野営地が、高床なはずがない。敵に見つかる」 「泥水の上に、よく座れるわね。入っちゃうよ」 「狙撃手にとって、泥水は天恵。胃のもたれるだけの、水」 「じゃあ、雨水は?」 「聖水」 「浴びながら帰ったら?」 「嫌」 「健康だけが、テルの取柄じゃない」 「嫌」  雨の雑音を理由にして、私は顔を膝に埋め、聴こえない振りをした。  如何にも子供染みた反応が、嫌になる。  私の耳が、これしきの雨で濁るはずが無いと、私が一番知っている。当然、こいつは熟知している。  いい加減、私も気付いていた。  奴等が、ここへ私を連れてきた理由。  奴等が、何を取り合っているのか。 「もう、こんな森じゃ、テルの背中は守れない。私だけが、貴女を理解しているのよ」  普段ならば、別にそれはどうでも良かっただろう。二人と私では、能力の種類が違う。二人は知能犯、私は実行犯。だから自ずと、ターゲットが違う。  でも、今、この場所で、私だけを排除して欲しくない。  私だけが、ゲームに参加していない。  悔しくて悔しくて、目が痛む。  遠くから、足音が近づいてくる。  一度下山していたはずだが、なぜか、戻ってきた。  ネルは傘を差し、山小屋の前で立ち止った。  顔が見えない。  でも、笑っていない。  珍しい。 「大人になっても、良い事ないのに」  ベルが苦笑した。 「見苦しいわよ、ネル」  ネルは無視して、私の前の泥水へ、黒い軍服を放り投げた。 「着とけ。さみぃから」  泥水の中に投げたクセに、何を言っている。 「あ?」  いつも通り睨んだが、いつも通りのはしゃぎ声は返ってこなかった。  ネルは去って行く。  ベルは嘆息し、示唆でもするように、胸に手を当てた。 「仕方がないじゃないの、ねぇ?」  私の胸はブラックベリーを握りつぶし、真っ黒に染まっていた。 「私達、子供のままで居られないのよ。あいつみたいに」  残ったベリーを放り投げ、泥に浸かった軍服を踏みつけ、私は走った。  山頂へ向かい、雨を顔に打ち付け。  足を滑らせ、転倒した。  コケるなんて、何年来だ?  白い服が煤だらけになった。  なんて、馬鹿々々しい姿だ。  ベルがやってきて、軍服を差し出した。 「着なさい。風邪、引くから」 「嫌だ!」 「同じ事でしょ?」 「嫌だ!」  ベルは私に寄ると、ナイフで服を裂き、頭から軍服を着せていく。  抵抗できず、私は泣いた。  今日は、私がここへ捨てられ、丁度十年目の誕生日。  もう、分かっていた。  この山火事は、悪趣味な誕生日プレゼントだという事を。
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