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・宿探。
『幽霊の世界』は、過酷だ。
よさそうな人間を見つけ、うまく乗っ取れたとしても、その生活は、そう長くは続かない。
いつかは取り合い、奪い合いになり、結局は、こうして追い出されてしまうのだ。
「……あなたー、朝ごはん出来たよー」
その声に、「おー、ありがとう」と、幸せそうな表情で返事をする、俺。
――もとい、『昨日までは俺だったが今は別の男』を、窓の外から、じっと眺める。
すると男は当てつけのつもりなのか、俺のことを見つめ、「……なあ、おい。外を見てみろよ。今日も、すごく良い天気だぞ」と、以前俺が言ったのとまったく同じ言葉を吐き、口元を緩めた。
小さく舌打ちをして、す、と窓から離れる。
「…………」
口の中で、サヨナラ、とつぶやく。
同時に、妻や息子と過ごした日々が脳裏を掠め、何かがこみ上げてきそうになるが、それを、ぐ、とこらえた。
――俺には。それを哀しむ権利も資格も、ありはしないのだから。
「……まあ、いいか。
……今の生活も、少し飽きていたところだ……」
小さな強がりを言い、空を見上げる。どうせこんな感情は、しばらくすれば消えてなくなる。
今はそれより、今後のことを考えよう。
「……さて。今日からまた、新しい寄居探しだ」
またしばらくは、転々、転々の生活が続くだろう。
ただ、それもきっと、悪くはない。
俺は、ふわ、と宙に浮きあがり、両の手をひろげた。
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