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「朱美、お通は居るか」
弁助の問いに、朱美は顔を上げる。
「喜兵衛を見に来たな」
朱美がにんまり笑う。今朝の騒動を朱美は知らない筈だが、もう噂が入っているのだろう。
「おう、そうじゃ。仕合相手を見に来た」
「喜兵衛は中庭で門弟たちと稽古しとるよ。お通さんを呼ぼうか?」
「おう、頼むわ」
朱美は、洗った野菜を籠に入れ、屋敷に入って行く。弁助と又八は、屋敷の裏手でお通を待っていた。
暫くして、お通が裏門から顔を出し、おかっぱ頭の可愛い顔で毒を吐く。
「来たな小童どもめ。こそこそと家の客人を覗きに来たか」
お通の無遠慮な物言いに、弁助の語気も荒くなる。
「未通女がうるせぇぞ」
「お前の方が煩いぞ、童貞」
和やかな挨拶が済むと、お通は童貞二人を招き入れた。
「蔵の窓から中庭が見えるぞ。付いて来い」
お通は使用人と遭遇しない道順で蔵に到着した。
蔵の中は窓からの日差しが入るが、薄暗かった。仕舞ってあるのは、普段は使わない調度品で、手前には皿や茶器が並ぶが、奥へ行くと武具がある。刀や槍、甲冑などだ。その中には鉄砲もあり、弁助の目を引いた。
鉄砲は、南蛮から種子島に伝来して、日本の戦を変えた兵器だった。何より怖いのは、この新兵器には甲冑が役に立たない。
「善右衛門の武器道楽もいい加減にせんと、刀狩りに会うぞ」
弁助の苦言を、お通は却下する。
「そしたら村の者を集めて立て篭りじゃ」
「おお、太閤相手に戦か? お通は豪気じゃな」
弁助がからかうと、お通は更に調子に乗る。
「屋敷を枕に討ち死にじゃ。新免親子も鉄砲持って駆けつけるじゃろ?」
弁助は、意外な事を聞いて戸惑った。
「親父は鉄砲を持っとるんか?」
「おう、父様が一緒に鉄砲を買ったと言っとったぞ。玉に玉薬も山ほどな」
弁助がお通から聞いた話は、寝耳に水だった。思わず無言でいると、お通が追い打ちをかける。
「知らんかったか?」
弁助はお通の問いには答えずに、蔵の二階層へ向かう。明かり取りの窓から中庭を見下ろした。
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