小童、宮本武蔵

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 喜兵衛は竹に近づくと、肩幅に足を開き、腰をおとした。門弟の手前、斬撃の失敗は許されないだろう。刀の柄に手を掛け、呼吸を整える。その場の全員が固唾を飲む緊張感。咳すらも(はばか)られた。それは、蔵の窓から見下ろす見学者も同様だった。 「きぃえぇぇぇぃ!」  大業物が鞘から躍り出る。一呼吸の間に抜刀、構え、斬撃を繰り出し、竹を袈裟斬りに切断した。一同、あまりの速さに驚愕する。その中でも、弁助には特に衝撃だった。これから実際に対戦する相手だから、他者より切迫する物がある。自然と顔色が悪くなった。それが、彼の心の内を反映している。 「速っ」  一言だけ呟いた。  弁助が動揺していると、お通が更に追い打ちをかける。 「弁助しっとるか? 有馬喜兵衛は朱美と出来ておるぞ」 「なんだと!」  弁助の表情が余りにも険しかったのだろう。お通は珍しく怯えた。次の言葉が出ない。 「どう言う事じゃ、なぜ喜兵衛と朱美がどうにかなるんじゃ?」  弁助が問い質すと、お通は恐る恐る答えた。 「詳しい事はしらんが噂じゃ。喜兵衛は朱美と度々でかけるからのう。それに旅の武芸者じゃ、朱美も惹かれたんじゃろ」  弁助は、お通から二人への疑惑を聞いて、暗い考えに取り憑かれた。  弁助は、元服した後に名を武蔵と改め、六十余度の決闘をする事になるが、多くの相手を葬り去っている。最初の決闘となる今回も、相手に強い殺意を抱いた。元々、偏執的な性格なので、頑なに喜兵衛を悪者に考えてしまうのだろう。普段通りに過ごす朱美を、誰にも相談できずに健気に耐えていると思い込んでいた。  弁助は、又八と共に庄屋の屋敷を出て、今度は仕合場所へ向かう。又八は、終始無言の相棒を恐れ、何も喋らなかった。
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