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弁助は囲炉裏端に上がり込み、食事を所望する。当時は一日二食が普通だったが、小童は食べられる機会を逃さない。
串刺しにされた山女は、丁度よく焼けていた。弁助は、美しい川魚に容赦なくかぶりつく。甘みと香りが口一杯に広がった。山女の印象が朱美や杉を連想させて、弁助は妙に興奮した。食欲と性欲は、何処か繋がる所がある。もっとも、この時の弁助は童貞だった。さればこそだろう。
さて、弁助が山女を骨と頭だけにすると、杉が気を利かせてご飯を椀こに大盛りでよそる。山女の尾頭身なしがそこに足され、出汁がかけられる。これが堪らなく美味い。特に塩で固めた山女の尾鰭は、ご飯が何杯でもいける。骨もバリバリ噛み砕く。
こうして食事を堪能していると、又八が現れた。寝惚け眼で前髪を赤い紐で纏めていた。着ている襦袢も赤で、女のような格好だった。杉曰く、男児を女児として育てると、健やかに育つと言う習慣があるそうで、それを実践しての事らしいが、何時まで続けているのか? と言う段階だった。本人が気に入り、杉も容認している結果だろうか?
又八はヨロヨロと歩くと、弁助の隣に当然の様に座り、枝垂れかかって体を支える。又八の細い顎が弁助の肩に乗る。その感じが客に甘える遊女の様で、弁助は困ってしまう。杉は笑って何も言わない。
「又やん、しゃんとせんか! おいは又やんに聞きたい事があるんじゃ」
又八は、弁助の言葉に目を開けた。何だか猫の子のようである。
「お二人さん、戯れるのもほどほどにね。あたしゃ客の膳を運ぶんでね」
杉が仕事をするべくその場を去った。弁助は、後ろ姿を憮然として見送るが、色気のある腰つきには魅了されていた。
「弁助ちゃん、話とはなんじゃ?」
又八から耳元で囁かれ、弁助は慌てた。
「おう、そうじゃ。又やん、おんし、有馬喜兵衛の高札に落書きしたんか?今朝、奴が押しかけて来たんじゃ」
又八は、今度こそ目を見開いた。弁助から離れ、茶色い瞳が揺れている。半開きの唇が震えた。
「弁助ちゃんごめんよ。堪忍しとくれ。弁助ちゃんの悔しい気持ちを代弁したくて、おいは大変な事をしちまった」
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