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有馬喜兵衛は、今朝と同じ格好をしていた。つまり、かなり目立っていた。門弟に囲まれた感じは、村祭りの櫓みたいで面白い。ちょうど今は、地稽古の最中だった。地稽古とは、今で言えば乱取りのような物で、複数の門弟に打ち掛からせている。複数の木刀が舞い、喜兵衛がひらりと避ける。弁助としては、敵の身体捌きを見るのに最適だった。
「木の葉が舞うようじゃ。見事じゃのう」
弁助は感心していた。喜兵衛は、大きな体の割に柔軟性がある。これは、身体能力が高いと言う事で、戦う上で強みになる。
弁助が熱心に喜兵衛を観察していると、横からお通が茶々を入れる。
「喜兵衛は強いのう。これでは、弁助の顔も見納めかのう?」
お通の言葉に反応したのは、言われた本人ではなく又八だった。
「縁起でもねぇ事を言うな。弁助ちゃんが死ぬ訳ねぇ」
又八は真っ赤になって怒っていた。
「死ぬなんて言ってねぇ。『夜逃げでもせぇ』と勧めただけじゃ。柔餅め」
お通の可愛らしい口から憎まれ口が飛び出す。柔餅と揶揄された又八は、更に興奮した。
「お通、おなごでも許っさんぞ。柔じゃねぇっとこ見せっぞ」
興奮しすぎた又八は、どもりながら宣言した。お通は、まだ膨らんでもいない胸を張り、又八に迫る。もち肌に桃色の小袖が映えた。
一方、又八は、もち肌に草色の小袖だが、見えている赤い襦袢が艶かしい。
弁助は、餅同士で膨れている二人に飽きれていた。それに、あまり騒いでいては喜兵衛に気付かれてしまう。
「うるせぇぞ! あんころ餅に辛味餅が」
弁助が吠えると二人は静かになる。しかし暫くすると、今度はどっちがあんこでどっちが辛味かと言い合いになる。
弁助も流石に言葉を失い、無視する事にした。
蔵での騒ぎを他所に、喜兵衛の稽古は次の段階に入っていた。玉砂利を敷いた中庭に、孟宗竹が運ばれる。竹は台の上で直立した状態だった。有馬喜兵衛は羽織を脱ぎ、弟子に渡す。
弁助は、これから起きる事に期待した。喜兵衛の全力の太刀筋が見られる気がしていた。
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