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「でもね、それは違ったの。詩織は、前の両親に酷いことをされて、保護された子だったんです。私の両親は、あの子に愛を与えるために引き取ったんです。私たちの関係が一番悪かった、中学校の頃、私は両親を問い詰めました。実の娘よりも、よその子の方が好きなんだろう、と私は邪魔者なのだろうと。両親も胸が痛んだのかポツリポツリとそのことを教えてくれたのです。」
詩織は姉の顔を見た。スクリーンは最初の家族写真に戻り、変わらなくなっていた。
「その時、私に不思議なことが起こりました。妹のことが憎くて憎くてたまらなかったはずなのに、なぜでしょう。妹のために胸が張り裂けそうなほど痛かったのです。」
終わりの方の千春の声は、涙で震えていた。
「冷蔵庫のプリンは、詩織が取ったんじゃない、怖がって何も食べようとしない詩織に何か口に入れさせようと母が与えたのでした。母が詩織と毎日お風呂に入るようになったのも、そのせいでした。そして、私は知らなかったんです。詩織がチヤホヤされている反面、どれだけクラスメートを含む男性を恐れていたか。妹はあれほど魅力的なのにも関わらず、和久さんと出会うまでは誰ともお付き合いしたことが無かったのです。」
そのころには、詩織の母もハンカチで目頭を押さえてオンオンと声を上げて泣いていた。詩織の父も男泣きに泣いていた。涙を拭おうともせず泣いた。会場も皆泣いていた。
「私は、妹が憎かった。嫉妬していました。でも、それと同じぐらい愛しているんです。詩織ちゃん。」
涙でつっかえつつ、千春はなんとか最後の言葉を言おうとした。
「詩織ちゃん。私の妹になってくれて、本当にありがとう。」
詩織は涙でぐちゃぐちゃになったメイクとドレスで姉のもとへと駆け寄り、大きく固く抱擁した。
「お姉ちゃんのバカ!私だって、お姉ちゃんがずっと羨ましかったんだから!学校の成績だってずっと一番だったし、会社では有名大学のエリートたちをまとめてプロジェクトリーダーやってるし。私なんて一生懸命勉強しても、地元の私立大学しか入れなかったし、お姉ちゃんの会社の子会社の事務員にしかなれなかったわよ。女としての価値ってなによ!お姉ちゃんは私が会った中で一番すごい人よ、最高のお姉ちゃんよ!!」
姉妹は大勢の見ている前で強く抱きしめあった。
「お姉ちゃん、本当はずっと私のことを守ってくれたでしょ。学校の女子と取っ組み合いの喧嘩したって、私の噂を流した女の子を呼び出して怒ってたのよね。男の人だって、私に紹介しようと思った人は、まず自分が納得できる人じゃないとダメだったんでしょ。私、なかなか好きになれなくて、ごめんね。心配かけたよね、お姉ちゃん。私もお姉ちゃんの妹になれて本当に良かったよ。」
千春は右手で目を拭いながら、こう言った。
「詩織ちゃん、良い人に出会えてよかったね。本当におめでとう。いつでも家に遊びにきていいのよ。詩織ちゃんはずっと私たちの詩織ちゃんなんだから。」
父も母も和久も二人の周りに集まっていた。詩織は両親と姉と再び抱擁を交わすと、和久に手を引かれ、再びスタンドマイクに向かった。
「皆さん、えー私はつまり和久井家とは何の血も繋がっていないのです。」
会場は水を打ったように静まり返っている。
「皆さんは、全員私の人生で大切な人たちばかりです。私が養子だとご存じだった方もいるでしょう。ですが、虐待を受けて保護されたことなどを知っていた方はほとんどいないと思います。」
詩織はゆっくりと会場全体を見渡した。
「私は、姉に私のことについて、話してもらえるように、お願いしていました。私もここまで泣かされてしまうとは思っていませんでしたが。姉妹喧嘩では五分五分だったんですが、今日は完敗です。」
会場からクスクスという忍び笑いが漏れる。雰囲気が湿っぽくなりすぎなくて、良かった。
「この結婚式という節目の日を通して、大切な皆さんにわたしのことを知っておいてもらいたいと思い、姉に協力してもらっていました。正直、大勢の前で自分の過去を打ち明けることはすごく怖かったのですが、これで良かったと思います。」
みんなが詩織の、今日の主役の次の言葉を待っている。
「姉には、最大級の感謝を伝えたいと思います。私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。最高のサプライズだったよ、お姉ちゃん。こんな私ですが、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。さあ、今から歓談の時間といたしますので、グラスをお手に取っていただけますか?」
参加者たちはトパーズ色に泡立つシャンパングラスを、親戚の子どもの参加者はオレンジジュースの入ったコップを手にした。
「皆さん、愛しています。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、血はつながっていないけど、私にとってただ一つの家族です。愛しています。そして、この中にいる誰よりも和久さん、あなたを心から愛しています。乾杯。」
チャリンチャリンという楽器のような心地よい音が会場中に響き、この日一番の温かい拍手が美しい二人の新たな門出を祝福した。
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