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詩織は、世界の全てに裏切られた気分になった。会場はシンとして、千春の話に耳を傾けている。ドレスをズタズタに引き裂いてしまいたかった。今すぐ姉に掴みかかりたかった。
「私の母は、私を産んだ後すぐに、子宮内膜症をこじらせてしまい、子どもを産めない体になってしまいました。どうしてももう一人、子どもが欲しかった両親が、私が6歳の時に引き取ってきたのが、当時4歳だった詩織なのです。」
スクリーンには、千春と詩織が玄関の前で並んで撮った写真が写っている。千春がブスっとふてくされた顔をしている横で、詩織はどこかおどおどとした、しかし愛くるしい傷ついた天使のような複雑な表情をしている。鮮やかなオレンジ色のワンピースは、詩織が和久井家に来た最初の日にデパートで買ってもらった子供服ブランドのものだった。子ども心にもそれが贅沢品であることは薄々分かっていた。
「これは、上等の服を着ている詩織です。思えばこの一枚は私と詩織の格差を象徴しているように思います。私の来ているのは、スーパーの特売で買われた安物。詩織が家に来た時から、私とお風呂に入るのは母ではなく、父になりました。母は毎日詩織と入るようになったからです。私だって、まだ6歳でした。まだまだお母さんとお風呂に入りたかった。私は不満でいっぱいでした。幼いながら、今までの生活が突然の美しい来訪者のせいでぶち壊されたのですから。」
詩織は黙って聞いているしかないのが屈辱だった。実の姉がそんなふうなことを思っていただなんて知らなかった。あの頃を回想して、詩織は苦しくなった。私だって、新しいお家に馴染もうとして必死だった。あの頃のお姉ちゃんは怖かったし、お父さんもお母さんといるのも緊張してたもん。それに、プリンは勝手に食べたんじゃない。私をなんとか落ち着かせようとして、お母さんが間違って、お姉ちゃんのプリンを私に食べさせてくれたのよ。
「詩織は私が得られないものを全て、持っていました。冷蔵庫のプリンも高価な服も愛くるしい顔立ちも。特に、私は妹の天使のような容貌に激しく嫉妬していました。」
でも、と詩織は頭の中で考えた。お姉ちゃんは私より、勉強できたじゃん。スポーツだって、下手すると男子よりもできたじゃん。小学校のころは勉強も教えてくれたし、遊んでくれたじゃん。詩織は血が滲みそうなほど強く拳を握りしめた。
「幸い、私は勉強ができました。両親からも姉として、面倒を見るようにと言われた私は、よく妹の宿題を見ていましたし、外に遊びにも連れて行ってあげていました。その時はまだ私たちは、上手くやれていたと思います。」
そう、姉妹の中で数少ない良い思い出のほとんどは、小学校時代のころにあるような気がしていた。詩織は、算数のドリルを根気強く教えてくれた姉、近所の公園で友達グループに一緒に入れてくれた姉、数々の一緒に過ごした瞬間のことを次から次に思い出していた。
「変わり出したのは、私が中学に入ったころからでしょうか。お互いに思春期を迎え、詩織はまるでバラの蕾がほころぶように日に日に美しくなっていきました。対して私は、妹が美しくなるごとに、醜く、体もふくよかに膨らむどころか段々と骨ばってくるようで、ニキビも多く、顔面の造作も中途半端で、およそ年頃の女子としては最低の生活を送っていました。クラスメートからは、ゴリラとかアマゾネスだとか呼ばれておりました。」
写真は、瓶底のような眼鏡をかけているお世辞にも可愛いだとかキレイだとかはいえないニキビ面の女子学生と、芸能人の卒業アルバムといっても通用しそうなほど、整った顔立ちをしているセーラー服の女の子の写真になった。詩織もあの頃のことを鮮明に思い出せた。子ども時代にぼんやりと身の回りを取り巻いていた美醜の価値観がはっきりと輪郭を取り出し、形成される年頃に、詩織は自分と姉の容貌の差を否が応でも意識することとなった。そして、姉と喧嘩したときは、ブスだなんて呼ぶようになったんだ。本当はそんなこと言いたくなかったのに。
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