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臭気のような、あるいは怨念のような――そんな抽象的なものに覆われた空。行き交う観光客は、そんなものには目もくれず闊歩する。往々にして、彼らは自分こそは死なないと思っている。
だから、俺には好都合なのだ。
「よォ、ニィさん」
適当な通行人を路地裏に引っ張り込む。小さな悲鳴。パーカーの袖で目を覆い、口に金属片を突っ込む。
「分かるよな?」
彼は二度三度頷いて、わたわたとポケットを探り始める。上質な長財布だ。金属片を放り捨て、財布を開く。小銭ばかり入っている。
「シケてんな」
紙幣を半分ほど抜き取り、財布は彼のポケットに入れ直す。「もういいぞ」言うが早いか、彼は表通りの方に消えていく。いつものことだ。彼とは逆に、俺は裏通りに入っていく。
自然と、目が壁に向かった。グラフィティアートだ。ドゥーショの連絡網、明星街ではごくありふれたものである。しかし、今日はその内容が気になった。
フィラフトの死亡――しかし、すぐにどうでもいいことだと割り切った。
どこぞの組織の頭だろうが、あるいはシドだろうが、ここでは同様に一つの死だ。大して珍しくもない。
だから、フィラフトの亡き後に組織――確かエクヴォーリと言ったか――が解散しようが壊滅しようが、関係のない話だ。
裏路地の奥に行くと、数人の男たちを見つけた。スプレーで壁に何か描いている。ドゥーショの人間だろう。俺の存在に気づくと、足早に逃げていった。しかし気に留めるほどではない。素直に見逃すことにした。
「……シンナー臭えな」
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