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金と食料を少し調達して、家に帰ってきた。どちらにせよ昼飯のためにもう一度明星街に出ることになるだろう。水を飲みながら少し休憩する。正確な時間は分からないが、正午と言うにはまだ早い。
人の気配を感じた。シドがいない今、訪ねてくるのはフェンかゾラくらいだ。――今回は後者のようであるが。
ゾラは慌ただしく家に入ってきた。
「おい、ユウヤ」
「なんだよ、煩いな」
「フィラフトが死んだって、聞いたか」
「知らん」
深い意味もなく、嘘をついた。単純に面倒事に巻き込まれるのは避けたいだけであるが。
「し、知らんって、よく明星街に行くくせにかよ」
「知らんもんは知らん」
白々しく俺の口は動く。
ひとまず落ち着かせようと、ペットボトルを渡す。ゾラはそれを一息に飲み干してから、少し考えるように沈黙した。
「……案外、驚かないんだな」
「まァ、興味がないからな」
正確には興味を持ちたくない、と言ったところだ。
「毎日の平穏を祈るだけで手一杯だ」
言ってから、更に嘘くさくなってしまったことに気づく。ゾラが呆れたような目で俺を見るが、あえて何も返さない。どうせ俺の表情は見えないのだから。先に口を開いたのはゾラだ。
「……なァ、向こうの方に廃教会あったろ」
「あァ、誰か住んでたんだっけ?」
「昔、リドって奴がいたみたいだが――今は無人だ」
「そこが、どうかしたのか?」
「エクヴォーリのやつらが集まってンだ」
「はァ、それはまた大所帯で」
言ってから、そういえばエクヴォーリの面子とゾラは歳が近いな、と気づく。もしかしたら彼の友人も、そこにいるのかもしれない。
「……なんでだと思う?」
「いや、自分で考えろよ」
溜め息をつきながら、自分なりにも考えてみる。フィラフトという頭を喪った。弱者の救済を目標とした組織。行き場のないストリートチルドレン。廃教会に集合――いい予感はしない。ゾラが再び口を開いた。
「そういえば、見たことない奴もそこに入ってった」
「見たことない? エクヴォーリの人間じゃないのか」
ゾラは無言で首肯する。
「ドゥーショでもなさそうだな……どんな奴だった?」
「タンクトップで、すっげぇゴツい」
ゴツい、というところだけ強調される。少し考えて、他には、と尋ねる。
「あと色黒だった。顔は見てないから分からないけど」
そんな偉丈夫なんぞ知らねぇ――と言おうとして、頭の隅に引っ掛かりを感じた。聞いたことあるような気が――深く考えることもなく、すぐにその情報を見つけ出した。
「……そいつ、多分ヒューゴって奴だわ。会ったことねぇけど、明星街で情報屋やってるとか」
「情報屋……って」
そんな身なりには見えない――とでも言いたげな表情だ。二度三度見かけた程度だが、正直俺もあんな奴が情報屋なんて信じたくない。見た目からして完全に喧嘩屋だろうに。
「……とりあえず飯でも食いに行かねぇか? 細かい話は歩きながらでさ」
そう言うと、ゾラは物珍しそうに俺を見つめた。
「どうした」
「いや……なんか、変わったなって」
「俺がか?」
肯定。自覚はなかったが、シドの一件以来、気分が晴れやかになったのが要因だろう。気持ち的にも、多少明星街に行きやすくなった気がする。
それがいいことであるのかと尋ねられれば、複雑なところである。
「……早く行くぞ」
話題を切り上げて、足早に明星街へ赴いた。
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