無明 “DAWN SHOUT”

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**********  ゾラと別れて自宅に戻り、ぼんやりと考え事をしていた。水を飲もうとペットボトルに手を伸ばした時、外で足音が聞こえた。フェンやゾラのものでもない――重いものだ。すぐに全身を透明化し、息を潜めた。 「いるんだろ? ……『先輩』」  音の主は、そう言った。  顔は逆光で見えない。家を訪ねてきた割に、敵意はなさそうに見える。しかし絡まれたら面倒だ――居留守を使わせてもらおう。 「情報屋のヒューゴ、って言えば分かるか」  続けて、彼はそう言った。  俺は立ち上がり、声の主の方へ歩いていく。数メートルのところまで近づき、その顔を睨めつけた。 「……あァ、お前か」  彼の目の前で透明化を解く。しかし彼は大して驚いた様子もなく、少し眉が動いただけであった。  俺が口を開くよりも先に、彼が話を始めた。 「フィラフトが殺された。やったのはザノだ。……フィラフトは、俺のダチ公だった」  ザノ、というワードに反応してしまう。  仮にも組織の頭目を始末するのに、ドゥーショの末端が関与したとは考えにくい。幹部か、それ以上か――と思っていたが、どうやら事態は思った以上に深刻なようであった。  だが、死は死だ。それ以上でもそれ以下でもない。 「ダチ、ねェ……」  至極興味がない。美談に付き合う暇もないし、その言葉の真意も読めない。溜め息混じりに口を開く。 「何しにきたのかは知らねぇが、そんなものは割り切るしかないだろ――」  そこで一つ、脳裏に去来したものを捕まえた。 「……待て、『先輩』って言ったか、お前」  彼は何も言うことなく、煙草に火をつけた。シドを思い出して、気分は更に悪くなる。  ふぅと紫煙をたっぷり吐いて、彼は問いかけてくる。 「……こんな賭けがあるとする。明星街のしがない情報屋が、単身ドゥーショのアジトに乗り込んで、ザノの大将首を獲ろうとしているという。……お前は、どっちにベットする?」  彼の言わんとしていることは、全部分かっていた。煙に巻く答えはできない。今のコイツは、あの時の俺と似ている。 「勝ち目のねぇ賭けはしない主義だ。……だが、俺に止める権利もない」 「……教えてくれ。あんたは、シドを殺した時、何を思った」  数秒だけ、目を閉じた。息を吸い込むと、あの日の香りが蘇るようだった。シドの首を切った感触が、未だ両手に残っている。 「静かだったよ」  短く息を切った。  あの日は、冷たい雨だった。 「……静かだった」  そう告げると、ヒューゴはそうか、とだけ言い残して、どこかへ行ってしまった。否、大体の見当はついている。 「……馬鹿げた話だ」  ヒューゴしかり、フィラフトしかり、愚鈍の集まりか。ビスケットを配っていたチーシャオという少年が可愛らしく見えてくる。現実を見ろよ、俺たちみたいに細々と生きろよ――世界はひっくり返らねぇんだよ。  そこまで考えて、俺は思考を放棄した。考えるだけ無駄であると思ったためだ。それに、誰が死のうが何も変わらない。例えザノが死んでも、ヒューゴが始末されても、エクヴォーリが潰れても。  俺さえ生きていればそれでいいんだ。  淀み切った気分をリセットしようと不貞寝することにした。  それから三十分ほど、寝返りを打ったり伸びをしたりして寝ようとしていたが、寝られる気がしない。ふと壁際を見て、飲み水が少なくなっていることに気づく。ゾラと街に出た時に調達するべきだった――と思って、気づいた頃には立ち上がっていた。 「……水は大切だからな」  そう、自分に言い聞かせた。 **********
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