序章/2

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序章/2

月光すら射さぬ闇が──ひどく濃厚な暗闇が、一帯を支配していた。けれど、少年の歩速(ほそく)は素晴らしく早い。高校に入学して以降、毎日のようにこの道を通っているのだ──視界が暗くとも、感覚が正しい行き先を教えてくれる。  そして、彼は再び、おのれに言い聞かせる。「春が来るまでの辛抱だ」と。 「春が来たら、大学に進学できるだろうし……。そしたら、少しは遊べる。だから、それまで頑張ろう」  まっすぐにのびる一本道の上、彼は自転車をふと止めた。  やはり、月は見えなかった。雲のかたちも、視認(しにん)できなかった。  空は、墨で塗られたように真っ黒だ。……星の姿など、見えるはずがなかった。  少年は立ち止まったまま、耳を澄ます。「今日はなんだか、静かすぎるな……」と、小声でひとりごちながら。  彼の言うように、あたりには濃密な静寂が満ちあふれていた。  近くに川があるはずなのに、魚の跳ねる音すら聞こえない。犬の遠吠えも猫の鳴き声も、鳥の羽音も聞こえない。響いてくるのは、草葉をもてあそぶ風のささやきのみである。
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