水神様の好み

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村長の息子が、ある夫婦の家を訪ねる。 こんこんとドアをノックされ、こんな夜更けにと思いながら、夫婦は玄関に視線を向ける。 「夜分にすみません、長太郎でございます。」 長太郎は村の決定を、村人全員に伝える伝言板の役目をしているため、夫婦はまた昨今の水害についての対策を伝えにきたのだろうと思い、長太郎を招き入れた。 「いきなりで申し訳ないのですが、今年の水神様の贄は奥様に決定いたしました。」 長太郎が何を言っているのか、夫婦にはすぐ理解ができなかった。 何かの聞き間違いだろうと思いながら、妻が生贄されるかもという不安が夫を襲う。 「ちょ、長太郎さん、待ってください。確か贄は14歳に満たない生娘って決まってますよね。確かに妻は童顔ですが年齢は30を超えておりますし、もちろん、そういう行為もしております。」 夫の言葉に妻は恥ずかしいのか顔を伏せる。 「ええ、存じ上げておりますとも。ただ先ほど行われた村の会議で、贄の対象が変更されたのです。若い生娘から、大人の女性に。」 夫が長太郎に変更の理由を問う。 「毎年、贄を水神様に捧げておりますが、村への水害が年々ひどくなっております。おそらく贄が水神様を満足させられていないと考え、ここで一度贄のジャンル変更しようとなりました。そして幸運なことに奥様が選ばれたのは、全くの偶然です。」長太郎は夫婦の目を見ずに淡々と伝えた。 贄に選ばれることは光栄なこと、そのような暗黙のルールが村にはあった。拒否などしたら家族ともども村八分にされ、この近辺では生きていくことができない。 夫が長太郎にくってかかろうとするのを、止めるかのように妻が口を開く。 「まぁうれしい!水神様のお側にいけるなんて。ねぇあなた。」 妻は夫の目を力強く見つめる。この場は冷静に治めるよう険しい表情をしながら。 夫は妻の思いを感じとり、ふぅと息を吐いた。 「長太郎さん、妻はいつ贄になるのでしょうか?」 「これも急な話なのですが、明日の午前中に村の広場で捧神の儀を行いまして、日が落ちる前までに、水神様が奉られておられる村の外れの滝壺にお一人で飛び込んでいただきます。」 夫は、妻を明日失うという現実を受け止めきれず、がくっとうなだれてしまった。 妻も背筋はピンと伸ばして正座をしてはいたが、震えていた。 長太郎は、空気の重さに耐え切れず、 では、と一言言ってそそくさと帰っていった。 残された夫婦は、お互いの今後を憂い、強く抱きしめあった。明日が来るのがとても怖かった。
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