《97》

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「このような素性の怪しき者を通すのは危険でございます」 勝頼を囲む衆の中、一番歳嵩の朝信と呼ばれた男が言った。 「ましてや今は戦時。お館様にもしもの事があっては大事でございますぞ、景勝殿」  景勝。勝頼はその名に反応し、若い男を見た。そういえば先ほど謙信の事を父上と言っていた。 「ひょっとして」 勝頼は言った。 「お主、上杉謙信殿の嫡子、上杉景勝殿か」 「上杉景勝だが、嫡子ではない」 景勝が言った。眉間の縦皴が微動したが、表情はほとんど動いていない。 「兄がいる。まだ父上から後継者に指名されてはいない」  景勝の兄というのは上杉景虎の事だ。景勝もそうだが、景虎も謙信の実子ではない。景勝は謙信の遠縁である長尾政景の、景虎は北条氏康のそれぞれ息子である。子宝に恵まれなかった謙信は養子を取った。どちらかと云えば謙信は景勝の方を寵愛し、後継者にしようと考えているとの噂だ。勝頼は景勝の眼をじっと見た。甲越同盟を成立させた暁には長くつき合っていく事になる。上杉景勝という男を知りたい、と勝頼は思った。 「眼の奥に、真っ赤な焔(ホムラ)が立っています」 軽く頷きながら、景勝が言った。 「命を捨てる事すら厭わぬお覚悟をなされているようですな」 「いかにも」 勝頼は槍を合わせる時の心持ちで言葉を返した。 「上杉謙信殿と同盟を結べなければ、どの道武田は滅ぶ。ここで死ぬか先で死ぬか。大して違わぬ」 「ついて参られよ、勝頼殿」 言って、景勝がきびすを返した。 「父上のおわす間にご案内いたそう」 「景勝殿」 朝信が咎めの声を投げてくる。構わず、景勝が歩き始めた。土屋昌恒が上杉の家臣たちを睥猊しながら摺り足で囲みの外に出た。勝頼はその後ろを悠々と歩いた。
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