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松任城は廓(クルワ)などがあるわけではなく、4つの物見櫓と三階層の本丸があるだけの小さな城砦だった。
あちらこちらに屯する越後兵たちが刺し貫くように勝頼を見てくる。前を歩く土屋昌恒が剣呑な気を全身に張り、絶えず周囲に首を巡らせている。
本丸に入った。景勝が廊下の突き当たりにある板戸の前に膝をついた。
「父上、お客人です」
景勝が言った。
「おう、入れ」
板戸の向こうから少しだけ掠れた声が返ってきた。
景勝が一度、勝頼と昌恒を見てから板戸を開けた。
一歩踏み入ったところでそれだけで酔いそうになるほど、強烈な酒の匂いが漂ってきた。更に進んだ勝頼の眼を引いたのは人の顔よりも大きな杯だった。その巨大な杯も上杉謙信の手の中では常人が猪口を持っているように見える。勝頼は上杉謙信を見た。角張った肩、大きな頭には白い頭巾が着いている。謙信は傍らの大龜に杯を突っ込み、掬った酒を口に運ぶ。二口で杯が干され、再び大龜に突っ込まれた。
勝頼は謙信と対峙する形で座した。謙信は酒を呑み続けている。
「お初にお目にかかります」
頭を下げ、勝頼が名乗ろうとした時、謙信が、「名乗らずともわかるぞ」と言った。。勝頼は顔を上げ、謙信の眼を見た。深い色をした瞳が勝頼を見つめ返してくる。謙信が干した杯を板床に置き、白い歯を見せた。
「わしはお前が入ってきた時、懐かしさが込み上げたよ。信玄が訪ねてきたのかと思った。勝頼よ、お前は信玄と面魂がよく似ている」
「恐れ入ります」
勝頼は再び頭を下げて言った。
「硬くなるな」
謙信が言った。
「顔を上げろ、勝頼。胸襟を開いて語ろうではないか」
勝頼は顔を上げた。
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