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「景勝よ」
謙信が言った。
「勝頼をどう思う」
「少々、傲岸不遜が過ぎるのかと」
景勝が応えた。
「ゆえの設楽ヶ原であったのかと」
勝頼は鼻で嗤った。謙信が勝頼から離れ、元の位置に座る。
「わしはもう48だ」
謙信がまた杯に酒を満たして少し寂しそうな表情で呑みながら言った。
「信玄がもし今もまだ生きていたら55か。龍虎の時代はもう終わっているのかもしれんのう」
謙信が酒を呑む姿を勝頼は見つめた。
「勝頼」
「はい」
「お前は何があっても景勝を守り抜く事ができるか」
謙信が眼に悲壮な光を浮かべて言った。景勝の眉間にある縦皺が震えた。そこで勝頼ははっとした。間違いない。謙信は病を患っている。それもかなり重篤なものだ。すでに死期を悟っている謙信は勝頼に景勝の後ろ楯になってくれと言っているのだ。
「俺が欲しがっているのは、上杉謙信の強さです」
勝頼は言った。謙信が長い息を吐いた。景勝が立ち上がり、間の四隅にある燭台に灯を入れた。ぼう、と間が明るくなる。いつの間にか陽が暮れかかっていた。
ふいに板戸が開いた。
「申し上げます」
上杉家の家臣が間に入ってきて言った。
「織田軍、手取川の渡河を終えた後、撤退を始めました」
「ちょうどよい」
言って、謙信が立ち上がった。
「ついて来い、勝頼。越後兵の真の強さをお前に見せてやろう。景勝、織田軍追討の総指揮はお前がとれ」
「は」と声を発し、景勝が間から出ていった。
勝頼は謙信に伴われ、松任城を出て、少し行った所にある岩山に登った。土屋昌恒も来ている。眼下、暗闇の中に手取川がぼんやりと見えている。
「取っつき難いだろう」
謙信が言った。勝頼は謙信を見た。
「景勝だ。あれも心にいくつかの傷を負っていてな」
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