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眼前に大きな屋敷が現れた。屋敷の壁は漆喰になっている。まるで城郭のようだ。この屋敷は明らかに周りから浮いていた。
「ああ、本多忠勝様」
声が聞こえた。顔を向けるとこの屋敷の主、按摩医の減敬が道に立っていた。
「見回りですか。ご精勤でございますな。本多忠勝様のようにお強いお方が眼を光らせてくださるおかげで岡崎の町の平和が保たれているのでございます。てまえどもも本に住みようございます」
へりくだった減敬の笑顔が忠勝の癇に触れてきたが、顔に出さないように努めた。
「いつ見ても大きいな」
忠勝は減敬の屋敷を見上げて言った。
「いやいや」
減敬が笑いながら頭を掻く。
「私は風雨が凌げればそれで良いのですが、築山御前様が良くして下さいましてね」
築山御前による減敬の寵愛ぶりは度を越している。一介の医者が城下に豪奢な屋敷を持つなど本来ならあり得ない。この男が岡崎城に出入りするようになってから、築山御前の忠勝たち浜松衆に対する当たりは強くなった。以前から関係が良好であったわけではないが、互いに干渉せず、距離を取っているという感じだった。それが最近では築山御前の攻撃性が増しているように思う。忠勝が岡崎城を訪ねると絶対に通すな、と門番に命じていて、それでも無理に通ろうとすれば、捕らえる事も辞さない構えらしい。忠勝は何度も岡崎を訪なったが、門兵の困り顔を見ていたら気の毒になり、とても無理に突破し城内に入ろうという気は起こらなかった。
「若殿はどうされている」
忠勝は減敬に訊ねた。
「お元気ですよ」
減敬が応えた。
「近頃は茶の湯や句を詠むことを覚えられましてな。信康様はお若いのに優秀です」
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