《98》

5/11
192人が本棚に入れています
本棚に追加
/284ページ
「こそこそとするよりは良いだろう」 老人姿の半蔵を見下ろし、忠勝は言った。虚空を見つめて半蔵が冷笑を浮かべた。 「お館様や榊原康政に頼まれ、岡崎の町を調査している」 半蔵が言った。 「お前のようにぶらぶらと遊んでいるわけではないのだ、本多忠勝」 「なんだと」 忠勝は鼻白んだ。 「俺は岡崎の治安維持の為に巡回しているのだ。遊んでなどいない」 「不穏分子を炙り出し、根を断たねば問題の解決にはならぬ。本多忠勝よ、お前は不穏分子をより見え難くしているだけだ。それではいつまで経っても問題の解決には繋がらん」  忠勝は口をつぐんだ。蜻蛉切を握る右手に力が入る。半蔵に槍を向けて突き出したい気持ちを必死に抑えた。半蔵が忠勝の右手を見つめ、ほぉ、と息を漏らした。 「少しは自制できるようになったのだな。槍しか知らぬ馬鹿にしては上出来だ」 「てめえ」 叫び、小助が前に出た。 「やい、じじい。誰だか知らねえがさっきから黙って聞いてりゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ好きなこと言いやがって。忠勝殿を馬鹿にしたら俺が黙っちゃいねえぞ」 「やはり、馬鹿には馬鹿がつくのだな」 半蔵が言った。 「この野郎」と一声を発し、小助が半蔵に向けて槍を突き出した。まるで最初からそこに居なかったかのように、石の上から老人姿の半蔵が消えた。小助は空を貫いた槍の穂先を見たあと、眼を剥いて辺りに首を巡らせている。 「もう少し賢いのはいないのか」 背後から半蔵の声が聞こえた。振り返る。半蔵は居なかった。顔を戻すと忠勝の正面に半蔵が立っていた。 「嘘だろ」と驚愕の表情を浮かべた小助が呟いた。 「俺たちをからかって遊んでいるが、お前の調査とやらは進んでいるのか」 忠勝は言った。 「お前に報告する義務はない」 半蔵が言った。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!