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「こそこそとするよりは良いだろう」
老人姿の半蔵を見下ろし、忠勝は言った。虚空を見つめて半蔵が冷笑を浮かべた。
「お館様や榊原康政に頼まれ、岡崎の町を調査している」
半蔵が言った。
「お前のようにぶらぶらと遊んでいるわけではないのだ、本多忠勝」
「なんだと」
忠勝は鼻白んだ。
「俺は岡崎の治安維持の為に巡回しているのだ。遊んでなどいない」
「不穏分子を炙り出し、根を断たねば問題の解決にはならぬ。本多忠勝よ、お前は不穏分子をより見え難くしているだけだ。それではいつまで経っても問題の解決には繋がらん」
忠勝は口をつぐんだ。蜻蛉切を握る右手に力が入る。半蔵に槍を向けて突き出したい気持ちを必死に抑えた。半蔵が忠勝の右手を見つめ、ほぉ、と息を漏らした。
「少しは自制できるようになったのだな。槍しか知らぬ馬鹿にしては上出来だ」
「てめえ」
叫び、小助が前に出た。
「やい、じじい。誰だか知らねえがさっきから黙って聞いてりゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ好きなこと言いやがって。忠勝殿を馬鹿にしたら俺が黙っちゃいねえぞ」
「やはり、馬鹿には馬鹿がつくのだな」
半蔵が言った。
「この野郎」と一声を発し、小助が半蔵に向けて槍を突き出した。まるで最初からそこに居なかったかのように、石の上から老人姿の半蔵が消えた。小助は空を貫いた槍の穂先を見たあと、眼を剥いて辺りに首を巡らせている。
「もう少し賢いのはいないのか」
背後から半蔵の声が聞こえた。振り返る。半蔵は居なかった。顔を戻すと忠勝の正面に半蔵が立っていた。
「嘘だろ」と驚愕の表情を浮かべた小助が呟いた。
「俺たちをからかって遊んでいるが、お前の調査とやらは進んでいるのか」
忠勝は言った。
「お前に報告する義務はない」
半蔵が言った。
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