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「何やら元気が出てきたぞ忠勝。今日、お前と話せて良かった」
「少しずつ色んなことを解決していきましょう。俺も若殿の為に尽力致します」
「そうか。忠勝が力を尽くしてくれるか」
信康の声音、初陣の時のそれに近づいている。
「何よりも頼もしいな。まるで百万の味方を得たかのようだ」
ふいに、信康の背後の闇が動いた。忠勝は蜻蛉切を突き出した。
ひぃっ、と闇から悲鳴をあがった。眼をこらすと、地に尻をつけ、顔を引きつらせた減敬の姿が視界に映った。蜻蛉切の穂先は減敬の顔の寸でで止まっている。
「わ、私でございます」
減敬が体を震わせて言った。忠勝は蜻蛉切を引いた。ふらつきながら減敬が立ち上がる。
「若殿が急にいなくなったので捜してくるよう命じられたのでございます。母上様がいたく心配されておられますぞ」
「子供ではないぞ」
信康が言った。
「いつどこに行こうが俺の勝手であろう」
眉尻を下げ、困り顔の減敬が信康を上目遣いに見た。
「若殿を連れ帰らなければ、築山御前に叱れてしまいます」
「言われなくても、城に戻ろうとしていたところだ」
信康が忠勝に視線を向けた。
「本多忠勝に武士の気を入れてもらった。忠勝、俺はもっと母上と正面からぶつかってみるよ」
「試練なのでしょう」
忠勝は顎を引き、言った。
「必ずや乗り越え、名君と呼ばれるご仁になられよ」
頷き、信康がきびすを返した。その足取りは力強かった。闇に溶けて見えなくなるまで忠勝は信康の背中を見送った。
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