《99》

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 清正が駆けるところに道ができていく。凄まじかった。たった一騎で敵の前衛をほとんど崩してしまった。膂力が並外れているのは前から知っていた。それでも此度のいくさに於ける清正の働きは異様に思えた。自分の子飼いでありながら、秀吉は戦慄を覚えていた。  眼前の丘に聳えるのは信貴山城の支城、片岡城である。これを抜けば、信貴山城攻めに何の憂いもなくなる。いよいよ謀叛人、松永久秀を追い詰める事となるのだ。 「親父殿」 吠えながら清正が馬を寄せてくる。返り血で甲冑はどす黒く、顔は真っ赤に変色している。鬼が居る、と秀吉は思った。清正が秀吉の馬鞍に5つの首級を括りつけた。 「おい、飛ばし過ぎるなよ」 秀吉が声を掛けるも、清正はすぐに馬首を回し、再び敵中に向かって突進した。 筒井順慶、明智光秀、細川藤孝、そこに秀吉を含めた4人で指揮する5千の兵である。早朝から片岡城を攻囲している。3刻(約6時間)ほど絞ったところで、とうとう敵は耐えきれなくなり、空壕を越えて打って出てきた。 「親父殿」 叫びながら正則が清正と入れ替わるように馬を寄せてきて、取った首級を秀吉の馬鞍に括った。 松永久秀討伐のこのいくさで、秀吉は2百を超える首級をあげている。これは織田軍随一の数だった。と言ってもほとんどが清正と正則が討ち取った敵である。清正と正則は一切自分の手柄にせず、すべての首級を秀吉に譲っているのだ。 「あいつら、知らねえ間にでかくなりやがったな」 眼を細め、秀吉は呟いた。視線の先には無心に槍を振るい、敵を討ち続ける清正と正則の姿があった。 清正の馬が鼻面をしきりに振って、潰れかかっている。6尺(約180センチ)に届こうかというほどの巨体を背に乗せて駆け回っているのだ。馬もきつかろう。  秀吉は兵卒命じ、清正の替え馬を運ばせた。 「秀吉殿を死なせまいと、清正も正則も必死なのでしょう」 馬を並べる半兵衛が言った。
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