《99》

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 挙げられた清正の左手に、派手な装飾を施した兜を着けた首が掲げられている。 「海老名勝正と名乗ったぞ」 言いながら、清正が秀吉の馬鞍に首級を括りつけていく。 「海老名勝正といえば、片岡城の総大将だな」 半兵衛が言った。秀吉は交戦する敵味方に眼をやった。敵が散を乱し始めている。 「これで決定的だろう」 真っ赤な顔を上げ、清正が興奮した声で言う。 「敵の大将首を取ったのじゃ。おい、軍監。ちゃんと記しておけよ。羽柴秀吉、片岡城守備隊、総大将討ち取る、と」  軍中にいる軍監に向け、豪雷のような声で清正が叫ぶ。味方である4隊の中、清正と正則の鬼神の働きもあり、秀吉隊が一番目立っていた。その次に敵を多く討っているのは明智光秀隊だ。斎藤利三が巧みに兵を動かし、敵を散らせている。 「利三の野郎、光秀に取り込まれてねえだろうな」 小声で秀吉は呟いた。遥か昔、行商だった頃秀吉は斎藤利三に恩を売っている。利三は光秀を見張り、上手く操縦する為に秀吉が送りこんだ間者なのだ。毎月、利三から光秀についての報告をさせているのだが、最近秀吉は違和感を覚えていた。報告の中に、利三の感情が多く入り込んでいるのだ。光秀がどれほど素晴らしい人物であるか、光秀に掛けられた言葉で嬉しかった事など、まるで娘子が恋い焦がれる殿方を語るが如く利三は光秀の話をする。 秀吉は本心では光秀の事が大嫌いである。が、秀吉の中にある壮大な計画を実行し、成功させるまで光秀の存在は必要なのだ。実行後、光秀はすぐに殺す。利三は生かし、こちらに戻してやろうと考えていたが、無理かもしれない。躍動感いっぱいに明智隊を動かす利三を見ながら秀吉は、「あれも、殺すしかないか」と呟いた。
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