《99》

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 筒井隊が丘を駆け上がり、大手門に殺到している。門が打ち壊された。細川隊、明智隊が次々と丘を駆け上がり、壊れた門を飛び越え、城内に雪崩れ込む。秀吉は動かなかった。 「敵は完全に瓦解しています」 城に群がる味方の3隊を見つめながら、半兵衛が口を開く。 「どうあれ陥ちる城です。片岡城は他に任せ、我らはこのまま信貴山城に向かいましょう。信長様の本隊が到着する前に陣幕を張り、その中に陣小屋を建てて攻囲の準備を整えるのです」  秀吉は原野で残兵を追い回す自軍の兵に集結を命じた。整列した秀吉隊1千、ほとんど欠けていない。秀吉は右隣で馬を並べる半兵衛を見た。痩せて眼球が飛び出しかかった横顔を陽射しが照らしている。 「我が隊はこれ以上、片岡城攻めに加わらぬ」 半兵衛が音声を放った。病人とは思えぬ覇気に満ちた声が山々に木霊する。 「これより前進し、信貴山城一番乗りを果たす」  秀吉隊の中に鯨波が起きた。秀吉が馬を駆らすと、半兵衛、清正、正則が周囲を固めた。秀吉の馬鞍でいくつもの首級が揺れている。背後から追ってくる徒たちの足音は、奮えるほど勇壮だった。本当に強い部隊になった。味方の頼もしさに気が緩み、秀吉は泣きそうになっていた。 「おおそうだ、親父殿」 秀吉の左側で馬を駆らせる正則が言って、左手を上げた。そこには首級が握られていた。 「清正だけではないぞ。俺も大将首を取ったのじゃ。親父殿にやる。確か、森秀光と名乗っていたぞ」 「なんと」 秀吉の右側で半兵衛が声を上ずらせた。 「森秀光といえば、片岡城の副将ではないか。これは凄い。我が隊が片岡城の大将と副将を討ち取ったのか」 「親父殿の手柄だ」 首級を掲げたまま、正則が馬を寄せてくる。 「持っていてくれ」  込み上げるものを抑えきれず、秀吉は嗚咽を漏らして泣いた。福島正則に加藤清正。阿呆阿呆と思っていたが、なんと頼もしい息子たちだ。
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