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「どうなされた、親父殿」
正則が秀吉の顔を覗き込んで、言った。
「腹でも痛むのか」
「食い意地を張った親父殿の事だ」
背後から清正が言ってくる。
「変な茸でも食ったのだろう。暫し、行軍を止めましょう。草むらで糞をしてきなされ」
「阿呆」
秀吉は嗚咽と共に言葉を絞り出した。
「阿呆、阿呆どもが」
秀吉の涙と洟は大和川に差し掛かるまで止まなかった。行軍を停め、半兵衛指示の元、船の調達に取り掛かった。夏なら泳いで渡る事も考えるが、もう寒い季節になっている。身を斬るような冷水に浸かることには躊躇いがあった。
10数隻の船が川辺に並んだ。それぞれ船に分乗した。秀吉は清正と正則と同じ船に乗った。
「おい、お前ら」
川の中ほどまで船が往ったところで秀吉は口を開いた。正則が対面に座り、清正が櫂を遣っている。
「お前らがたくさん取ったあの首級なぁ、やっぱりお前らの手柄として信長様に報告するぞ」
「何を言われるか、親父殿」
清正が言って、秀吉の方に一歩踏み出した。船が激しく揺れた。川面が波打ち、秀吉は頭から水を被った。
「でかい図体が動くんじゃねえ」
秀吉はかぶりを振り、水を切りながら叫んだ。
「船が転覆したらどうするんだ」
清正は肩を竦めて、再び櫂で水面をかき始めた。
「あれはすべて、親父殿の手柄です」
馬を運ぶ船を見ながら正則が言った。秀吉の馬の尻が見えていた。鞍には大量の首級がぶら下がっている。
「俺も清正も此度必死で戦ったのは、親父殿の為。親父殿の切腹を消したい一心でございました」
「あれだけの数だぜ」
秀吉は自分の馬を見ながら、組んだ両手を兜の上に置いた。
「しかも、片岡城の大将副将の首級まである。こりゃあ、すげえ手柄だぞ。望めば、一軍を率いる大将になれるかもしれねえ。まだ16、7のお前らが一軍の将だぜ。こんな夢みたいな話、他にあるか」
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