《99》

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「それは、俺の望むところではないなぁ」 正則が言った。 「なんでだ」 言って秀吉は眉根を寄せた。 「軍を率いれば、活躍の幅も拡がる。今まで以上に武功をあげる機会に恵まれる。うまく行きゃあ、すぐに城持ちだぜ」 「わかっている」 正則が笑顔で言う。 「それでも、やはり興味はないなぁ。のう、清正」 「おお、そうじゃ」 清正が言って、足を踏み出そうとして自重した。上がった大きな足が宙で揺れている。 「自分で軍を率いるという事は、親父殿の元から離れるということじゃ。それはつまらん。秀吉隊に身を置いていてこその加藤清正だからな」  清正の豪快な笑い声が秀吉の耳をつんざいた。 「俺も清正も親父殿と共に過ごす日々が楽しいのです」 秀吉の眼を見据えて正則が言う。 「悪さをして、親父殿に大喝を浴びせられ、頭を張られるこの日々が何よりも大切なのです。これがずっと続くよう努めておるのです」 「お前ら……」 言った後、秀吉は何も言葉が出て来なくなった。治まっていた嗚咽が再び込み上げてくる。 「俺と清正は羽柴秀吉の両腕です。半兵衛殿が羽柴秀吉の脳しょうです。みんな合わせて羽柴秀吉なのです。だから、あの首級は全部、親父殿の手柄です」  秀吉は川面に顔を向けた。正則と清正を見る事ができなくなっていた。ぽたり、ぽたり、と涙が大和川に落ちる。船が対岸に着いた。  信貴山の麓近くにある大粕神社を本陣と想定し、陣幕を張り、本堂を整えた。小屋をいくつか建てて、幕の内側に床几を並べた。攻囲の構えは1刻半(約3時間)で完了した。
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