《99》

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 上半身を起こし、先ほどまで信長が立っていた本堂の扉を見た。障子に蝋燭の灯が揺れながら映っている。 見ておれよ、信長。内心で言った。お前の全身を業火で包んでやる。身を焼かれながら、己の思い上がりを悔いるがよい。お前が築き上げてきたものは、この秀吉がきっちりと貰い受けてやる。 秀吉は立ち上がり、きびすを返した。  冬の払暁はまだ真夜中のように暗い。信貴山城に向かい、織田軍の総攻めが始まった。信長の本隊を加えた織田軍の総勢は4万に達している。信貴山城に篭る松永軍は8千と聞いている。 丸一日絞れば決着がつく兵力差である。ただそれは通常の敵の場合だ。相手は梟雄、松永久秀。どんな手をこうじてくるか、油断はできない。  先鋒は明智隊が担った。秀吉隊は明智隊の後詰めについた。 兵が喊声をあげながら信貴山の麓に迫った。城と麓の中間辺りに物見櫓があり、松永軍の兵が配置されている。ばり、ばり、という破裂音が鳴った。物見櫓目掛けて明智隊が鉄砲の射撃を開始した。 破裂音に間断はなかった。設楽ヶ原の時に行った三位一体の構えで射撃している。擊手、煤取り、込め手。三人一組となり、完全に分業する事で鉄砲は連擊が可能となるのだ。  城からいくつもの松明が山を下っている。信貴山城から兵が出てきているようだ。松明は物見櫓のある信貴山の中間地点で止まった。 秀吉は妙に感じた。鉄砲の連擊が続くさ中、城から兵を繰り出せば的が増えるだけで松永側に利点はない。  ふいに、暗い空に何かが舞った。中間地点の敵兵が空に向けて投げたのだ。 「いかん。撃ち方、止めい」 破裂音の中、明智光秀の声が微かに聞こえた。
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