《99》

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 宙を舞う投擲物に鉄砲の弾が当たり、弾けた。瞬間、秀吉の視界が真っ白に光った。大きな音の後、何も聞こえなくなった。反射的に秀吉は両手で頭を押さえ、地に伏せた。濃い火薬の匂いが辺りに拡がる。眼を開けた。清正の大きな体が秀吉の上に覆い被さっている。少しずつ聴力が戻ってきた。周囲でうめき声が聞こえている。秀吉は身を起こした。 「親父殿、大丈夫か」 言った清正の腕や肩に無数の破片が突き刺さっている。秀吉は清正の肩から破片を抜いた。信貴山の麓を火が囲んでいた。全身を破片に埋め尽くされた明智隊の兵が何人か倒れている。 信貴山の中腹から投擲物の第二波がきた。 「さらに退がれ」 光秀の音声が響く。直地した投擲物が跳ねた。地に散らばった物を見て秀吉は息を呑んだ。信貴山の中腹から投げられてきているもの。それは大量の茶器だった。 「伏せろ」 光秀が叫んだ。信貴山の中腹から松明が投げられてくる。清正が秀吉を押さえつける。秀吉は地に身を伏せた。耳をつんざく爆発音が響く。再び、聴力が消えた。身を起こすと火の輪が大きくなっていた。 「火薬を仕込んで茶器を投げているのか」 炎を見つめて秀吉は呟いた。松永久秀といえば、かなり熱心な茶器の収集家である。その久秀が茶器を爆破させて織田軍の攻勢を遮っている。秀吉は信貴山城を見上げた。松永久秀最期の執念を垣間見、秀吉は恐ろしく感じた。圧倒的兵力差があってもやはり油断はできない。窮鼠が猫を噛む事は充分にあり得た。聴力が戻り始めた頃、信貴山城の攻囲は更に後方まで退がった。  昼前、信長から召集がかかった。諸将が床几に腰かけ並んだ。 「久秀に使者を送れ」 開口一番、信長が言った。 「古天明平蜘蛛をわしに献上すれば、すべてを赦し、再び臣下に加えてやる、と」
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