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これまで信長は何度も平蜘蛛を求めているが頑として久秀は渡さなかった。信長は芯の部分では久秀の事が好きなのだ、と秀吉は思った。好きだから、最後、命を救う道を作ろうとしている。
麦を練った菓子が諸将に配られた。ビスコートとかいう海外の菓子だ。口当たりが甘すぎて秀吉はあまり好きではないが、信長はこの菓子をいたく気に入っている。ぼりぼりとビスコートを噛み砕く音を聞きながら、待っていると、信貴山城へ行っていた使者が戻ってきた。
「久秀は、なんと」
手に付いたビスコートの粉を払いながら、信長が言った。
「信貴山の麓に今から来るように言っていました」
使者に行っていた配下が言う。
「信長様に伝えたい事があるそうです」
「で、あるか」
言って信長が床几から立ち上がった。信長が信貴山に向かって歩き出す。秀吉たちも後に続いた。
信貴山を囲む炎は火勢が衰えることなく黒煙を立ち上げている。
秀吉は信長の右側に立った。反対側には光秀が立っている。
「おうおう、信長。久しぶりだな」
久秀の勢い込んだ声が聞こえた。山の中腹、物見櫓からだ。遠目でも、その圧倒的存在感でよくわかった。物見櫓から半身を乗り出しているのは松永久秀だ。
「平蜘蛛を差し出す気になったか」
信長の甲高い声が信貴山に木霊した。はん、という久秀の笑い声が返ってくる。
「馬鹿言ってんじゃねえぞ、信長。あの茶窯を手に入れる為に俺がどれほどの苦労をしたと思ってるんだ。渡さねえよ。何があってもな」
「どこまでも、松永久秀よのう」
信長が言って、噛み殺した笑い声をあげた。
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