《100》

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 徳川軍が船橋を架ける作業をしている時、田中城の敵が接近してきた。 千を超える兵数で、率いている将は山県昌満と、斥候から報告が入った。忠勝は黒疾風5百だけを率いて瀬戸川の上流に向かった。 「千を超える敵だ」 本陣、家康が忠勝の背中に声を掛けてくる。 「いくらか本隊から兵を連れていかぬか」  忠勝は手綱を引き、棹立ちになりかけた馬をいなしながら、「黒疾風以外の者を入れれば動きに淀みが出ます」と応えた。 「黒疾風だけで対応致します。船橋が架かってからお館様はごゆるりと渡河してきてください」  家康は眩しいものでも見るように眼を細め、二度三度頷いた。  駿河のいくさである。もう何年武田との戦いが続いているのだろう。疾駆する馬の鞍上で忠勝は考えた。まだ10年には少し届いていない筈だ。瀬戸川を迂回し、対岸に出た。すでに3月だが川を嘗めて甲冑の隙間に忍びこんでくる風は冷たい。忠勝の身が引き締まる。  田中城の城主が山県昌景の忘れ形見だと聞いて忠勝は心に高揚を覚えていた。 どんな戦い方をするのだろうか。久しぶりに血湧き肉躍るようないくさができるかもしれない。  微かに春の彩りがつき始めている草海に敵の横腹が見えた。しっかりとした2列の縦隊を組んでいる。前に徒、後ろに騎馬という布陣だ。目算で徒4百、騎馬6百といったところか。思ったほど騎馬が多くない。以前の武田軍なら千居れば8百が騎馬だったのだ。  あの中に、山県昌景の血を受け継ぐ男が。確かめるように忠勝は蜻蛉切の柄をしごいた。三方ヶ原で山県昌景と一騎打ちをした時の感触が掌に甦ってくる。  忠勝は馬腹を蹴った。それが黒疾風の突撃合図である。蜻蛉切を頭上で回転させた。
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