《100》

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 呼吸一回の間に敵とぶつかった。敵の徒を蜻蛉切が中空に巻き上げる。騎馬が5騎、忠勝を囲い込むように迫ってくる。蜻蛉切が風を裂く音。槍を構える暇も与えなかった。忠勝の周囲。敵の騎馬が馬ごと後方に吹き飛ぶ。何人かの徒が、吹き飛んだ騎馬の下敷きになった。敵中を突っ切った。遮る敵が居なくなった原野、黒疾風全騎、同時に馬首を回す。一列縦隊を組んだ。一本の黒い槍と化した黒疾風が再び敵に迫る。包丁を豆腐に刺すが如く、簡単に敵中を駆け抜けた。 忠勝は少し拍子抜けする思いだった。倍する敵と戦っているのに圧力が皆無なのだ。重さもない。すぐにわかった。山県昌満は凡庸な男だ。いや、隊をずたずたに裂かれながらも瀬戸川に向かって前進しようとする粘りは中々のものなのかもしれない。 山県という姓が忠勝に物足りなさを感じさせるのだ。言わずもがな、山県昌景は稀代の名将である。考えてみれば酷な話だ。いくさ場に出てくる限り、山県昌満は山県昌景と比べられ続ける宿命なのだ。  草海の中、漂流するようにして敵が潰走を始めた。 「敵の大将を捕らえております」 梶原忠が馬を寄せてきて言った。  忠に先導されて忠勝は馬を往かせた。黒疾風の面々はどの顔も涼しく、息一つ乱れていない。黒疾風の兵に両脇を挟まれた若い男が地に膝を折っていた。 「山県昌満か」 馬から下りて忠勝は言った。 「そうだ。本多忠勝だな」 まだ幼さ残る眼差しが忠勝を射抜いてくる。山県昌景は兎唇で小身の醜男であったが、昌満は色が白く中々に端整な面立ちをしていた。それゆえにどこか弱々しい印象を忠勝は受けた。 「噂以上の破壊力だった。まさか4半刻(約30分)保たず潰されるとはな。俺が弱過ぎるのかな」  昌満が自嘲するように鼻を鳴らして笑った。 「そうでもない」 忠勝は言った。 「やられながらも隊を前進させようとする粘りは中々だったぞ」
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