《100》

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「慰めか」 「俺は敵に情けはかけん」 「大量の銃弾を浴び、織田の陣に達した父に槍を振り、敵将山県昌景、本多忠勝が討ち取ったと音声を放ってくれたというではないか」 昌満が晴れやかな表情で言う。 「その話を聞いた時、なんと優しい男かと俺は思った。父は鉄砲で死んだのではない。本多忠勝の大槍で死んだ。そう思う事ができた。この事実は父にとっても、遺された者にとっても大きな誇りになる」  忠勝は無言で草の上に胡座をかいた。昌満と同じ目線になる。昌満を挟む黒疾風の兵に目顔で合図した。黒疾風の兵が昌満から離れる。首を巡らし、昌満が少し戸惑った表情を浮かべた。 「いくさは下手だが、心根は山県昌景に通じる物があるな」 忠勝は昌満の眼を真っ直ぐ見据えて言った。 「俺の配下にならぬか」 「冗談を言うな、本多忠勝」 「本気だ」 「断る」 「武田勝頼への忠義だてか」 「違う」 「では何故だ」 「俺の中に山県昌景の血が流れているからだ」 昌満の表情に悲壮感が漂う。一瞬、眼前に山県昌景がいるような錯覚に忠勝は捉われた。 忠勝は一度顎を引き、「わかった」と言った。 「瀬戸川に接近しようとしたのは我が軍の橋梁を妨害する為か」 忠勝は訊ねた。昌満が虚空を見つめた。 「それもあるが、それ以上に父上が赤備えを託した男と槍を合わせてみたかった」 昌満の眼が忠勝に戻る。 「井伊虎松よ。父上はよく虎松の話をしていた。嫉妬ではないぞ。俺は自分が凡百の武士である事はよくわかっている。ただ、父上が虎松の何に魅了されたのか、知りたいのだ」 「今は万千代という名になっている」 忠勝は言って、小助を呼んだ。馬乗のまま小助が進み出てくる。 「小助よ、瀬戸川の対岸へ行き、万千代を呼んでこい」
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