《100》

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 小助が返事をし、瀬戸川の上流に馬首を向けた。以前は馬脚が大きく左にぶれたりしていたが、今は川沿いを真っ直ぐ駆けている。小助の騎乗は劇的に上達していた。馬に乗るのが楽しくて仕方ない。ぴん、と伸びた小助の背中がそう語っている。 「俺は敗れて捕らわれたのだ」 昌満が言った。 「貴殿の誘いも断った。いくさ下手だが、斬られる覚悟くらいはできているぞ」  忠勝は微苦笑を浮かべた。昌満は強い劣等感を抱いて生きてきたのだろう。言葉の端々にそれが垣間見えた。 「何も、後悔を残して死ぬ事はない」 忠勝は言った。 「きっと、会っておいた方がいい。おそらく、万千代にとっても」  昌満が吹き出して笑った。 「やはり、とてつもなく優しい男なのだな、本多忠勝殿は」 「何度も言わせるな。俺は敵に情けをかけたりはしない」  上流から馬影が二つ、こちらに向かってくるのが見えた。小助と万千代が馬を並べている。 弾かれたように昌満が立ち上がった。見開かれた双眸が万千代に向いている。忠勝はゆっくりと立ち上がった。最初は着せられていたが、真紅の甲冑はしっかりと万千代の身に馴染み始めている。良い武士になってきた証拠だろう。虎松から万千代に名が変わってから特に大きく成長したように思う。それでも万千代はまだ赤備えが待つ河原に行っていない。赤備えを率いる将としてはまだ何かが足りないと感じているようだ。  10歩ほど先で万千代が馬から下りた。昌満は瞬きすら忘れ、万千代を眼で追っている。 「山県昌満殿だ」 忠勝は言った。万千代が立ち止まり、昌満を見た。 「あらましは小助殿から聞いております」 万千代が通りの良い声で言う。 「徒立ちか、馬乗か、昌満殿が決められよ」 「馬乗でお頼み申す」 昌満が言った。
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