《100》

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 黒疾風の一人が昌満に馬を貸した。万千代が後方に停めてある自分の馬に騎乗し、前に出てきた。昌満は茶の威糸の甲冑を着けているが、馬上で槍を持った姿勢はどこか山県昌景に似ていた。ただ小さい。昌景よりも立派な体躯をしているが、昌満は昌景に比べて、かなり小さいのだ。  万千代と昌満が対峙した。山県昌景が二人居るような錯覚に陥る。黒疾風が輪になり、二人を囲んだ。両者が全身に武氣を張る。昌満の馬が嘶き、鼻面を横に振った。万千代が武氣で昌満を圧している。潮合が訪れたと忠勝が感じた時、万千代、昌満、両者同時に馬を前に出した。そのまま馳せ違った。二人の位置が入れ換わった。昌満の槍が回転しながら宙を舞っている。万千代が馬首を回した。槍が地で弾んだ。昌満が呻きながら左手で右肩を抑えている。指先に血が滴っていた。  圧倒的な実力差だった。昌満が弱いのではない、と忠勝は思った。万千代の武量が並以上になっているのだ。初めて会った時から万千代には天稟があったのだと思う。齢18を迎え、万千代の武士としての資質は覚醒しようとしている。もし本気で打ち合えば、忠勝も必ず勝てると言い切れないのだ。  万千代が忠勝に一礼し、「まだ橋梁作業が終わっておりませんので失礼致します」と言った。 「敵は俺が一歩も寄せ付けぬ」 忠勝は言った。 「安心して励め」  万千代が口許だけで笑った。 「待て」 昌満が悲鳴のような声をあげた。 「我が首を打っていかれよ。一合だけでもよくわかった。父上が何故貴方を後継者に指名したのか。井伊万千代殿、俺は貴殿に討たれたい」
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