《100》

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 行きかけた万千代が馬を停め、横顔だけで振り返る。 「山県昌景殿に武技を何一つ教わっておらぬのでしょう」 万千代が言った。 「一合でよくわかった。昌満殿、貴方は見よう見まねで山県昌景の技を繰り出そうとした。実際の手解きは一切受けていない」 「そんな俺は討つ価値すらないと」 昌満が言う。右肩から血が滴り続けている。 「おそらく山県昌景殿は貴方の心を傷つけたくなかったのだと思います」 万千代が更に言った。 「人は生まれながらの容量がある。昌満殿の武士としての容量は決して少なくはないのだろうが、こと山県昌景の息子となれば、それに足るものはありません。それに気づいていた昌景殿は貴方にあえて武技を何も授けなかった。自分とは違う道を、心があまり傷つかぬ道を貴方に進んでほしい、という親心から武技を何も教えなかったのです」 「父上がおぬしにそう話した事があるのか」 昌満が言った。万千代が小さく首を横に振った。 「昌満殿と槍を合わせて俺が感じた事です。忠勝殿」 万千代に呼ばれ、忠勝は、おう、と応じた。 「今日は昌満殿を殺すべきではないと俺は考えます。このまま田中城に戻って頂きます。よろしいでしょうか」 「俺も同じ考えだ」 忠勝は言った。 「それにしても、かなり成長したな、万千代。すっかり大将たる男だ」 「まだまだです」 言って万千代が空を見上げた。 「俺が託されたものの大きさは半端ではありませんから」 「山県昌満殿よ」 忠勝は昌満に馬首を向けた。 「聞いての通りだ。早く田中城に戻られよ。間違ってほしくないのは、俺も万千代もおぬしに情けをかけたのではない。山県昌景殿に敬意を示したのだ。次、合いま見え、捕らえた際には首を打つ。そのお覚悟で次は向かってこられよ」
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