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三月(ミツキ)振りに具足を解くと、身が宙に舞い上がるような感覚に包まれた。軍包も脱ぎ捨て、忠勝は真っ裸になった。強い陽射しが肌に照りつける。忠勝は掌で庇を作り日輪を見上げた。浜松城の城郭区内には居住者たちが洗い物や行水をする為の小川がいくつか流れている。天竜川から引いてきたものである。幅があり深めに掘られた小川に忠勝は身を腰まで浸した。火照った体に冷たい水が染みてくる。快さに忠勝は呻きを漏らした。手拭いを濡らし、体を擦る。垢の膜を一枚剥ぐたび、いくさ人からただの本多忠勝に戻っていく安堵を感じた。
三河、美濃に巣食っていた武田勢力はほぼ駆逐された。だが高天神城や二俣城といった遠江の要衝にはまだまだ武田軍が残っている。これら主城への補給路を断つ事を主眼に置いて徳川軍は動いていた。昨日まで忠勝は二俣城への補給基地である諏訪原城を攻囲する陣に身を置いていた。
かの城はまだ陥落していないが、家康は忠勝に帰還を赦した。10日間の休みである。慰労だ、と家康は言ったが、それだけではないと忠勝は思っていた。
設楽ヶ原決戦以降、いつでも忠勝の脳裏をよぎるは、山県昌景の見事過ぎる最期の姿だった。眼を閉じれば、馬防柵の内側に届いてきた血塗れの山県昌景の姿が蘇る。この上なき、真の魂を見せつけられた。あれ以来、眼に映る全てが薄っぺらく見えてしまうのだ。
それから、あの火縄銃の連撃。轟音。耳にこびりついて離れず、忠勝の心を激しく掻き乱してくるのだ。
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