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「父上」
母親似の細い眼に闘志の炎を宿らせた小松が、連撃を止めた棒で地を叩いて叫ぶ。
「なんですか、そのへっぴり腰は。ちっとも手応えを感じませんですじゃ。それでも本多忠勝ですか」
忠勝は苦笑した。その表情を侮りと取ったのか、小松が歯を食い縛り鬼の形相になった。立て続けに二つ、力の入った打ち込みが飛んでくる。棒を弾きながら、忠勝は内心で、はっとした。小松が繰り出す棒先から武氣を感じたのだ。
呼吸にして7つほどか。小松が静止した。その顔いっぱいに汗を浮かべ、小松は立ち尽くしている。
忠勝は慌てて棒を体の横に下ろし、構えを解いた。小松につられ、忠勝自身も武氣を漲らせてしまっていたのだ。
眼に入れても痛くない娘である。打つどころか、風を体に当てる事さえも憚られる。それでも本気で打たねばやられる、と忠勝の武人としての本能が反応した。それほどに小松の打ち込みは厳しかった。
打ち合うたびに腕を上げている。これが息子なら手放しで喜べるのだが、忠勝は複雑な気持ちだった。小松は娘なのだ。じゃじゃ馬が過ぎれば、やはり将来、嫁の貰い手について心配してしまう。
忠勝が気を抜いた少しの間だった。小松が棒を突き出してきた。
忠勝は棒を横にして中段に構えたが、小松の打ち込みの方が早かった。腹に衝撃がきた後、一瞬息が止まった。忠勝は地に膝をつきそうになるのを堪えた。
また、やってしまった。呼吸が整い始めると忠勝の内心に気恥ずかしさが湧いてくる。
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