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今見たものに、自分のこの眼が写したものに、自信が無い。
けれど、ほんの少しだけ持っていた恋愛の経験を踏まえた自分の本能が何か言っている。
(あれ…あれって…さぁ…)
碧司自身そんなに人に自慢できる程の色恋なんてある訳では無いし、実際見た事あるのかと聞かれたら片手程度だが、
(あれって…キスマーク…だよ、ね)
そう断定するえば、くわっと眼を見開き己の眼にようやっと確信が持てた。
しかも、それだけでは無い。
(歯形…歯型、もあったよね…え、そう言う感じなの、百舌鳥君の彼女って、そういう感じなのか?え?)
見えてしまったのは無数のキスマークに歯型。
しかも肌色部分の方が明らかに少ないと言う、碧司にとっては異様に満ちていた光景。
(あれ、で、でも、)
混乱が混乱を呼ぶ中、尋常じゃない程流れる汗を補うが如く飲みかけの炭酸水を飲み、やらなきゃいいのにもう一度だけ宇汰の方へ、ちろっと視線を遣ってみる。
ちょっと、だけ、なんて。
しかし、今度はスマホを鞄に直す為にこちら側に前屈みになった宇汰のまさにベストポジションですよと言わんばかりの体勢に、
――――――げぶっっっ!!
また口から炭酸を垂直に飛ばす事となった。
「う、あああ、碧司さんっ!?だ、大丈夫ですかっ!?」
決して望んでいた訳ではないサービスでは無い。
けろど、げほげほとえづきながらも、碧司は眼を見開いたまま、再び巻き起こる混乱。
(……え、待って、真新しいのまで、あるんじゃね?)
「本当…何してんすかっ」
背中を擦す宇汰は一体この大人は何してるんだろう、なんて思っているかもしれないが、自分だって本当に何やってるんだろう、なんて自問自答している碧司は涙目で戸惑いつつ礼を言う。
もう何だか全てが慌ただしい。
そうして、いつの間に目の前に来たのか、気付けば、友人が自分を見下ろしていた。
じぃっとサングラス越しに――――。
途端、
その視線に促される様に、ふいに脳内で聞こえてきた声。
『物件調べといて』
『決めるのは勿論俺等だよ』
『実は…今最近引っ越して、人とルームシェアをしてます』
『ウタ君、おいで。駄目だよ』
『お、俺もハルさんて呼ばせて貰ってるんで…』
―――――――え?
あ、あれ?
先程までの混乱が嘘の様に頭がすっとクリアになるのを感じる。
そして、見上げた先に居るハルが、うっすらと形の良い唇が弧を描き、造り物みたいな人差し指をそっとその唇に当てた。
長年一緒に居ても、見惚れる動作。
「……………は?」
―――――…いやいやいやいやいや、はぁ!?
せっせと背中を擦られた碧司は、その後、
「あの、碧司さん、炭酸もう飲まない方がいいんじゃないですかね…」
なんて宇汰から見当違いな心配を心底心配した顔で言われてしまうのだ。
*****
二日目の夜は自由に食事を、と言う事になり、宇汰は白居を連れて近くにあった居酒屋へと出てみたはいいものの…。
むくれた顔で白居が一気に煽るビールは既に五杯目だ。
「百舌鳥ぅぅぅ!水着のお姉ちゃん達ナンパしても何の進展も無かったよぉぉぉ!こんな事ってある!?開放的な夏って何処!?どっか違う所にあるのかなぁ!?グランドライン!?」
「……そうだな、前世で徳を積んだ人とか、身体がゴムっぽい、そう言う人が見つけるんじゃね?」
今日も夕方近くまでナンパに勤しみ、何とか夜の約束まで漕ぎつけようとしていた白居だったが、このやけ酒、酔っ払った姿を見て分かる通りこの惨敗具合。
違う意味での『お約束』を達成してくれた白居には本人には不本意だろうが、流石の意を込めて称賛の一つでも与えたい所だ。
「百舌鳥はぁ!?何か可愛い女の子とお知り合いにぃ、とか無かった訳?あったら分けろよぉ~」
あった、と言えば、あった。
なんて思うが、宇汰だが思い出すだけで顔の陰影が濃くなってしまう。
(もう、あんなのゴメンだわ…)
結構自己中心的な事を言われたが、可愛らしかったと言うのもある上に、やっぱり女の子。何となく可哀想だったな、と思ってしまうのも事実。
でも、きっぱりとあの女性にお断りを入れたハルに惚れ直したのも、また事実。
こちらは思い出しただけで、きゅん、なんて気持ちの悪い擬音が胸元から聞こえたりもする上に、宇汰の顔に締まりが無くなってしまう。
そんなハルと言えば、碧司と共に食事に行くと言ってタクシーに乗って行ったのだが、
(時間…合うか…?)
少し不安になる。
何故なら、今日の宇汰には目的があるのだ。
ずっと旅行前から、決めていた目的。
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