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初めて出来た彼女の時ですら、こんな感情にならなかった気がする。
あの頃はただ照れ臭いだとか、うわー彼女ー、おー、だとか、そんな頭の悪い事しか思っていなかった。
初めて事に及んだ時だって、キスをしたときすら、
…
あ
(俺、そういや…キス…した、)
して貰った、と言うのが正しいのかもしれないが、少し見上げた先にある薄めの唇を見詰め、ぎゅうううっとスマホを握りしめながら何とも言えない感情に眉根を寄せた。
ハルと居ると色々と分からない事が多すぎて困る。
けれど、やっぱりそれらを深く追求する事も知る事もしたくないと思ってしまう。
「ウタ君?」
「は、はいっ」
「…そろそろ敬語も辞めない?」
「え、あ、そうですね…つい、癖で」
「癖かぁ…まぁ、ゆっくりでいいから、ね?」
この場合の、『ね』はゆっくりでいい、を指しているのでは無い。敬語を辞めろと言う念押しだ。
彼の脈絡の無い会話は未だ問題だが、こういうちょっとしたニュアンスがわか何となく分かって来た事に、
「わかりまし、…あ、わかった…うん」
「あはは」
もの凄い煌々とした優越感を持つのは誰にも言わないで置こうと改めて宇汰は思った。
*****
碧司誠はその日、自分の見ているモノに対して自信が持てなかった。
新人が試作としてまとめたデザイン案をデジタル化した為疲れ目かな、と何度も目も擦ってみたが、矢張りそれは事実。
細くて長い指が操るそれは明らかにスマートフォン。別にスマートフォンに今更驚いている訳では無い。
ただそれを持っている人物が問題なのである。
「…チカ、それ…何?」
「スマホ」
「いや、分かってる!それくらいは知ってるっ」
「そっか、いきなり記憶喪失とかじゃなくて良かったね」
「いや!そうじゃなくてさぁっ!何そのスマホ…社用のじゃ、…無いよね」
「社用のはそこ」
ハルの指示する方を見れば、確かにディスクの上に社用のスマホが無造作に充電されながら置いてある。
あれ?と首を傾げる碧司はじゃ、それは…と指すのはハルが持っているスマホ。
「それ…お前それって…まさかプライベート用…なーんて…」
「そうだけど。何?」
え…
ピシリと碧司が固まってしまったのも無理は無い。
「え、ええええ!?お、お前プライベート用って何年振りだよっ!!」
「煩いなぁ」
「だ、だってお前、社用のやつだけでいいって…プライベート用に持つの面倒だからって…」
そう。
この綺麗な顔をした友人は、ここ数年プライベート用に電話を持つ事をしなかったのだ。
理由は至極簡単でとても自己中心的なもの。
このルックスとスタイル、肩書。それらに当たり前の様に集まって来た要らないモノを一掃する為。
仕事上の付き合い時、取引先の上目遣いの愛らしい担当者等には、
『あの、個人的に…電話番号とかお聞きしてもいいですかぁ?』
『社用の電話しか御座いません。それで宜しければ名刺に御座います』
と返し、プライベートでも
『ねぇ、番号交換しない?また会いたいなぁ』
『プライベート用のスマホ無いんで断る』
と…。
こっそり持っていた時期もあったのだが、勝手に鞄から抜き取られ番号を交換された、なんて言う経験もあり、本当に持たなくなってしまっていたのだ。
それは彼の行動範囲が狭く、またSNS等にも全く興味が無かったから出来得た事なのだろうが。
だから、そんな彼がプライベート用にスマホを持つ等ここ何年も見ていなかった。
社用のスマホを常に使わせてもらえばいい、と通話料金の半分を自腹で払って持ち歩いていた、この男が。
「…な、何が…あったの、チカ」
「分ける為、だよ」
「……は?」
分ける?誰を?何を?
しかしそれ以上話すつもりは無いのか、すんと黙った友人をじっとりと碧司は見詰めた。
意味が分からない。
分からないが、分かろう、って気持ちもとっくに諦めているのだが、
「あ、あのさぁ…ちなみにさぁ、僕の番号って…」
「社用に入ってる」
「でしょうねっ!!」
*****
この際、セフレでもいいかな、って思う時もあるんだ。
授業も終わり、大学近くのカフェでコーヒーを飲みながら、提出する課題の資料を見ていた時。
背後からそんな会話をする女の子達の声が耳に入って来た。何やら今の現状を切々と語り、相談しているらしい。
それは前に座っていた白居にも聞こえたらしく、
「セフレって…何それ、最高じゃん…なぁ、百舌鳥っ」
はぁはぁと興奮しながら小声で訳分からない事を言って親指を立て向けてくるが、宇汰はそれを静かに逆にへし折ると、俯きまた資料に目を向けた。
(せ…ふれ…ね…)
何かさ、ちゃちゃっとヤル事やっちゃったけど…相手の事なんて何も知らないし、好きとかも言われないし、その後も電話とかで呼び出したかと思えば、即エッチだし…勿論ご飯とかたまに食べたりはするけどさ…
でも、私の事好き?なんて聞くのも…怖いし…だったらセフレでいいかな、って…
――――それ、どこの俺?
ダッラダラっと噴きこぼれんばかりの汗が流れてくる。
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