炭酸と弾ける

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バレなきゃいい、なんて安易な事を思っていたからだろうか。 (………ハルさんからの依頼が5日も無い…) 多い時は連日、少なくとも2日以上空いた事が無かったハルからの電話がここ5日、ぱったりと止んでいる事に宇汰は言い知れぬ不安を覚える。 自分のゲス思考が漏れてしまった、いや、まさか、そんな事ある筈も無いのだが行き場の無い後ろめたさは彼の中で大きくなっていく。 もう朝から何度目かの溜息で10年間分の幸せも逃げて行ったかもしれない。 だが、今日は日曜日。 折角電子レンジを買いに行こうと着替えも終えた。 (まぁ…もしかしたら仕事忙しいのかもしれんし…) そう言い聞かせるように、パンと一緒にコーヒーを流し込むと勢いよく立ち上り、その勢いのまま靴を履くと準備していたボディバッグを抱え外に出た。 快晴の青空。 一瞬眩しいと眼を細めるも、雨じゃないのは有難い。 早めに家電店へ行って購入を決めよう、そして書店にでも行き、その後はゆっくり飯でも、 と、アパートの階段を下りている時だった。 ボディバッグから振動が伝わって来た。 (メール、…じゃない、電話?) 長く伝わる振動に急いでスマホを取り出せば、そこに表示してある文字は白居の名前。 一瞬だけ、ハルからの依頼が入ったのではないかなんて期待してしまった自分に引きながらも鳴り続けるスマホを足を止めずに操作する。 「白居?どうし…」 『あっ!!百舌鳥ぅぅ、良かったっ!!』 「え、白居?何、何かあった?」 やたらと慌てた様子の友人に何かあったのかと思わず足を止めた宇汰は通行人の邪魔にならない様に端へと寄った。 『もずぅ!暇!?今日時間ある!?』 「は?今日?」 言ってしまえば、暇じゃない。欲しかった電子レンジを買いに行きたいのだから。だが、こんなに切羽詰まった白居を前にそれを言うのは憚れると思ったのか、宇汰の返事は詰まる。 『頼むっ!暇なら来てっ、いや、暇じゃなくても来て!!』 「き、来てって、お前今日バイトじゃなかったか?」 バイトになったーと言っていたのは記憶に新しい。 首を傾げる宇汰だが、 『お願いだから、マジで俺を助けてぇぇ!!』 「…………は?」 ****** 白居の様子に何事かと慌てて場所を聞き、電車に飛び乗り、そこから徒歩10分、走れば、5分。 普段あまり運動なんてしていなかった所為か、到着した頃は激しい息切れに見舞われた宇汰を待っていたのは、 「…………いや、何で?」 ふわっふわのピンク色した兎の着ぐるみと、眼がやたらとリアルな茶色の猫の着ぐるみだ。 本日オープン予定の子供向けレストランにあるスタッフルームにそれらは己の可愛さをぺちゃんこながらもこちらにアピールしている。 「流石、百舌鳥っ!好きっ!今なら抱かれてもいいっ!」 「理由を説明しろ」 「声、低っ!怖っ!」 「5秒以内」 「だ、だってっ!!いきなりバイト俺だけになっちゃったんだよっ!仕方なくねっ!?可哀そうじゃねっ!!」 「…二人でやるはずだった着ぐるみバイトが急に休みになったから、代役にと俺を呼んだってか…」 ふえんと縋りつく白居の話を纏めるとこう言う事らしい。 けれど… 「何で俺なんだよ、まだ居るだろっ」 この間の合コンといい、数合わせ要員過ぎる。この為に此処まで急いで来たのかと思うと腹立たしさと己の間抜け具合に額に青筋を浮かべる宇汰の怒りもごもっともな物。 「だって、百舌鳥しか頭に浮かばなかったんだってっ!!何だかんだ飲み会だって、グループ作業だって俺の事最後まで面倒みてくれてんの、百舌鳥だけじゃんかぁ!」 「母親みたいな扱いするなよ、マジでぇ!」 もう脱力するしかない。 白居のこういう所に弱いのもまた事実。そこを突かれると宇汰が言葉に詰まるのを無自覚でやってのける目の前の友人も質が悪い。 (あー…もう…) ぎろりと腰に巻き付いたままの白居を睨み付けていると、 「あ、君が代役君?」 「碧司さんっ」 ガチャっと開かれた扉からスーツ姿の男が現れ、宇汰を見るなりニコぉっと人の好さそうな笑顔を見せる。 碧司(あおし)と呼ばれた男はそのままツカツカと宇汰に近づき、じぃっと顔を眺め、再び眼を細めた。 「初めまして、僕は碧司誠。今日は宜しくお願いしますっ」 「はじめ…まして…百舌鳥と申します…」 あぁ、もう引き返せないのか。 律儀に自己紹介を返し、日曜日の予定が全て塗り替えられる事を悟った宇汰の笑みは引き攣っている事に誰も気づかないのだった。
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